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「覚せい剤中毒患者、今、下着ドロボーを抜いて二位です!」刑務所の大盛り上がり運動会で目撃した“衝撃の光景”

『塀の中はワンダーランド』より#2

2021/08/25
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 もし受け入れて、その地域で小学生の児童が、またもやペロペロキャンデーという餌を持った松の餌食にでもなったら、大変なことになるからだ。だから、拒否するのが当然だった。

 黒く歪んだ欲望の性衝動によって、幼い児童たちが犠牲になっているこのような犯罪は決して社会からは赦されない。寛容な神様であっても赦さないだろう。だから、面接はかかったものの満期の公算が強くなった松は“蛇の生殺し〞といった感じで、長く感じる懲役の一日一日に苦しみ喘いでいた。

仮釈放直前に同い年の鳶職とトラブルに

 雑居の懲役は、関東方面が半分で、あとの半分は北海道勢だった。現役の遊び人は一人もおらず、ボクの他は、部屋長の赤いランドセル、マリファナ中毒患者やドロボー、シャブ中、警官とカーチェイスをしてパトカー一台をオシャカにしてしまったという公務執行妨害の懲役たちが集っていた。また、浅草から来ていた、ボクと同い年の鳶職の懲役もいた。こいつは一見豪放な性格に見えたが、違っていた。

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 最初はその鳶職とは口も利かなかったが、ある話から、ボクと鳶職が浅草のある現役のヤクザをともに知っていることがわかると、途端に仲良しになった。しかし、しばらくすると何が原因なのか、その鳶職は意地悪そうな目でボクの方をチラチラ見ながら、ときどき地元の元ヤクザの懲役の耳元で何かを囁くようになった。明らかにボクの厄マチを切っていたのだ。地元の元ヤクザは、そんな鳶職野郎の話を黙って聞いているに過ぎなかった。

 ボクは性格上、何かあるなら正面から言って来いというタイプなので、男らしくない陰険な鳶職のやり方には我慢できなかった。しかし、面接のかかる時期なので、今ここで我慢しなかったら今まで我慢してきたことがすべて無駄になることから、イライラしながらも我慢の日々を過ごしていたのだった。

 あるとき、部屋に戻って来ると、すでに、いつものように夕食のパンを房扉を開けてある部屋の机の上に配って置いてくれてあった。

 部屋の懲役たちは点検が終わると、机を並べて飯の準備に取り掛かり、自分たちの食卓に座った。そして机の上のパンを一人ひとり上から取っていき、最後に残ったパンが鳶職のところに置かれた。

 何かの用事でまだ帰っていなかった鳶職が、飯の時間に間に合って帰って来て、食席に座ると、自分のところに置いてあるパンを掴んでジッと見た。そして部屋の懲役たちのパンをグルッと見回しながら、

「何だよ! 小さいじゃねえかよ。何でオレだけ小さいのを残して置くんだよ。皆で先にでかいパン取ってよ。汚ねえな!」と、ガキみたいなことをぬかしやがった。ボクは内心呆れて、こいつ、かなりお脳が甘いなと思いながら、卑しいガッツキ野郎に、

「そんなに欲しけりゃ、オレのと取り替えてやるよ」

 啖呵を切り、ボクのパンと取り替えてやろうと思って自分のパンを見ると、何と鳶職のパンよりボクのパンの方が小さかったのである。これでは取り替える訳にもいかず、ボクの出番がなくなってしまった。確かに大きい小さいはあるだろうが、いい男が恥ずかしげもなく口に出すことじゃない。部屋の懲役たちは呆れて言葉も出ない様子だった。