ある元県警幹部の意見
私が取材過程で出会った愛知県警の元幹部が、事件の展開を整然と分析してくれたことがある。
元幹部は「事件捜査には直接タッチしていないので報道等に基づく推測にすぎませんが」と前置きして、「用意周到で悪質な事件です。捜査本部は殺人で立てる(立件する)のだろうと思っていました」と当初の予想を語った。実際に警察は傷害致死で「立てて」逮捕をしたわけだが、検察官が起訴をしなかったことに「やはりだめだったかと落胆したというのが本当のところです」と言った。
「必死で現場(警察官)が捜査をして立てても(立件しても)公判を維持できないと見通しがわかると、検察官はあっさり不起訴にします。検察官は刑事公判で負けるかもしれないと思うと、“食わない”(起訴しない)です。検察官は公判維持できずに仮に無罪判決が出てしまったときのリスクを考えます。いいかげんな捜査で起訴したんだと、検察官に事件を送った警察官も検察官も社会から不信感を買ってしまう可能性があるし、他の事件にも影響をしてきます」
この事件は県警刑事部のエース級の一課捜査員(捜査一課は各都道府県警察の刑事部に置かれ、殺人や強盗、放火などの凶悪事件を扱う)を帳場(所轄警察署内に設置された捜査本部)へ送ったケースだ、と元幹部は言った。
「しかし、調書をまけていない(とれていない)のが最大の問題だったと思っています。今回のケースは、おそらく弁護士のアドバイスで黙秘したと見てまちがいないと思いますが、それまでに取った上申書では証拠として弱い。捜査の方法として、上申書を最初に取るかどうかはケースバイケースで、今回は被害者の失踪事件から始まったから、容疑をかけていた漫画喫茶オーナー夫妻に(事件について)当てたら、しゃべったケースではなかったかと思う。そして、仮に日常的な加害者の暴力があったと上申書に書いてあっても、それと事件当日の暴行を結びつける証拠にはならない。そういった法律的な知識を被疑者はインターネットで調べるなどして知っていて、あるいは弁護士から教えられたので、だから日常的な暴力についても何もしゃべらなかったのではないでしょうか。
遺体発見までに時間をとられ、白骨化した状態で発見された段階で死因不明と鑑定される可能性が高いと刑事事件の経験を積んだ弁護士ならわかります。すると暴行行為との因果関係が特定できないから、黙秘をさせたほうが得策だと(弁護士は)考えるでしょう。被疑者に未必の故意(積極的には意図しないが、自分の行為から犯罪事実が発生するかもしれないと思いながら、あえて実行する心理状態)であったかもしれないがそれは内面の問題なので証明が難しい。黙秘されたらなおさらです。たとえ未必の故意があったとしても、行為が特定できないのですから。あの上申書だけでそれを立証するのはキビしいと思う」