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「人の病気や哀しさを活字にして、泣けるなんて言われると…」 水道橋博士が50歳の区切りで感じた、理不尽な“幸不幸”

「人の病気や哀しさを活字にして、泣けるなんて言われると…」 水道橋博士が50歳の区切りで感じた、理不尽な“幸不幸”

『藝人春秋』より#3

2021/08/22

source : 文春文庫

genre : エンタメ, 芸能, テレビ・ラジオ, 読書, 働き方

note

人の病気や哀しさを活字にしていいのか?

 【その後のはなし】

 この話は実話なんでねぇ、どうするか悩みましたよ。

『藝人春秋』の単行本化の話ってもともと10年前からあるんですよ。なかなか進まなかったですね。ワタシがいざ、出版するとなるとゴネましてね。「出す」って言って発売日決めてる編集者さんの顔、うわーなんか嫌なもの見ちゃったなー、怖いんですよねぇ。ワタシが原稿が手元にあるのに「やっぱり出さない」って言うんだから。ホントのこと申しますとね、稲川淳二さんのことを書いた原稿が気になってましてね。実は、この原稿を『笑芸人』の連載に書いた時ですよ。周りの編集者に褒められましてね、そりゃあ気味悪いぐらいにね。他の会社の編集さんもこの回だけページを切り取ってくださったりして「すぐに単行本化しましょう」なんて言われましてね。ゾクゾクしましてね。でも気になるんですよね。他の原稿より、なにより、この稲川さんの回が一番イイ、なんて言われると。これはお笑いの文章じゃないでしょ。なんか嫌だなぁ~、嫌だなぁ~と思ってね、人の病気や哀しさを活字にしていて、それが「泣ける」なんて言われると、どういう顔していいんだろうって。それで純粋に稲川家のプライベートな話じゃないですか。そこを引用して、こんな話、実名で書いて、発表していいのかしらなんてね。ガラにもなく思うんですよ。しかも、その後、稲川家はどうなっているんだろう? 奥さんやお子さんの行末がわかってないんですよ。この10年で一度、稲川さんにお会いしたんですよね。その時もたけし城の頃の昔話や怪談の話もしましたけどね。でもやっぱり聞けないんですよね。息子さんが今どうされてるかって話は……。ワタシなんか普段、テレビで偉そうなこと言ってますよね、漫才じゃ不謹慎の極みでヒドイことも言ってますよね。普段は、そんなワタシがね。こんな原稿だけ、シリアスになってね、おためごかしなこと書いてるんじゃないかってね。気になってしまいましてね。だからってこの回の原稿を外してね、他の原稿をまとめて本にするって言ったって、それも編集さんだってワタシだって納得できやしませんよぉ。そんなこんなで作業が進まなかったですけど、ワタシ、とうとう見ちゃったんですよぉ。まさか! と思って何度も見返したんですけど、やっぱり見えちゃったんですよぉ、えぇ。

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©文藝春秋

 2012年5月24日の朝日新聞にね。稲川さんのインタビューが出てるんですよ。驚いたなぁ。ワタシ、ずっと気にしてましたからね。「障害者が生きる」って題でしてね。この文章に書いている、あの手術の日のこともねぇ、稲川さんが喋っているんですよ。

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