野宿生活で目にしたのが有希さんと真美さんだった
福岡県のゴト師(パチンコやパチスロの不正操作で出玉を獲得する人物)集団のメンバーとして、犯行のわずか1週間前である11月11日から、被害者と同じマンションの6階で共同生活をしていた山地は、元締めに叱責されたことが原因で14日に離脱。ひとり隣接する公園で野宿生活を送っていた。そこで目にしたのが、深夜に帰宅する有希さんと真美さんだった。
大阪府東大阪市生まれの有希さんは、小学校入学前に奈良県へと転居し、地元の高校を経て大阪市の服飾関係の専門学校へ通った。その後、両親が経営する会社を手伝う傍ら、01年4月頃から同市中央区のラウンジで働き、この店の女性経営者と、間もなくブライダル関連の事業を立ち上げる予定だった。
一方、奈良県で生まれた妹の真美さんは、地元の高校を卒業後、介護ヘルパーを目指して就職活動をしていた。事件の数日前から中央区にある姉の有希さんとは別のラウンジに職を得て、8歳年上の彼女と同居を始めたばかりだった。
最初から有希さん姉妹を狙っていた
事件発生時に大阪府警を担当していた記者は語る。
「山地は警察の取り調べで『(殺すのは)誰でもよかった』と否認していますが、最初から有希さん姉妹を狙っていたようです。事件前日の午前3時ごろに姉妹の部屋の電気が点滅し、あとで調べてもらうと配電盤がいたずらされていた痕跡がありました。また、事件の4時間前には、ベランダ側から姉妹の部屋に侵入しようとした山地が、隣接するビル伝いに配管をよじ登ろうとしている姿が、住人に目撃されています」
山地は姉妹の部屋がある40×号室からほど近い、エレベーター脇の階段踊り場に身を潜め、姉妹の帰りを待った。彼は事前にコンビニで購入していたペティナイフをジャンパーのポケットに隠し持ち、金づちをリュックに入れていた。
午前2時過ぎ、まず有希さんが帰宅して玄関のドアを開けた。背後から忍び寄った山地は、彼女を室内に突き飛ばしドアを施錠。立ち上がろうとした有希さんに躊躇なくナイフを突き出すと、刃先は左頰に刺さり、彼女は仰向けに倒れた。山地はその首に手をかけ、抗う彼女を部屋の奥まで引きずると……。
先の記者はそこでの凄惨(せいさん)な状況を説明する。