――つまり、観光客が入国できなくなった時点で、開会式や競技の出来不出来にかかわらずオリンピックは失敗するしかなかったのでしょうか。
マライ 来日した人が日本のホスピタリティやカルチャーに感動して日本のファンになる、というプランAは完全に終わっていました。ただせめてプランBが準備してあれば、こんなに虚しい結果にはならなかったと思うんです。
――「プランB」とはたとえばどんなものでしょう?
マライ 「コロナ禍で今は無理だけど、いつか東京へ行ってみたい」と世界中の人に思ってもらうことを目指すプランに切り替えるべきだったと私は思います。閉会式で流れたパリのムービーを見て「フランスへ行きたいな」って思った人は多いと思います。実際にインバウンド業に携わっている私の感覚から見て、正直、完全に「やられた」と思いました……。
――たしかに、パリのムービーは大好評でした。
マライ 数分の映像であれだけ人を惹きつけられるなら、その数百倍のお金を使った東京ならもっとインパクトを与えられたはず。私は東京の文化的なポテンシャルはパリに負けないと思ってるんですよ。でも、あの開会式や閉会式で「東京へ行きたい」と思ってくれた人が大勢いたとはちょっと思えません。
衣装の重さが何キロと言われても
――特に気になったのはどんなところですか?
マライ 「海外の人に日本を好きになってもらおう」っていう意志が伝わってこなかったのが一番ですよね。私は高校生の時と大学生の時に2回日本に留学して、さらに日本が好きになって移住して10年以上になります。その日本びいきの私でさえピンと来ないのに、それほど日本に詳しくないドイツの人が見て面白いわけないよなぁと思ってしまいました。
――何を伝えたいかわからない、という人は多かったようです。
マライ 報道陣に配られた開会式のパンフレットは象徴的で、説明が長いのにつまらないんです。たとえば市川海老蔵さんの部分を見ると、歌舞伎の「暫(しばらく)」という演目で、初めて演じたのは初代市川團十郎で、衣装は重さが何キロで、みたいなことが延々と書いてあって……いや知らんし(笑)。資料としては貴重でも、それを聞いて「東京へ行って歌舞伎を生で見よう」ってならなくないですか?
――「ふーんそうなんだ」くらいで終わってしまいそうです。
マライ そうですよね。もちろん歌舞伎は魅力的なコンテンツだし海老蔵さんもすごい人なのはわかりますけど「日本の文化を異文化に翻訳したときに残る魅力は何か」っていう視点が全然ない。しかもその豆知識が、小さい文字でA4で2枚分びっしり。海老蔵さんが出てる3分半でそんなに喋れないですよ。情報を厳選して魅力的に伝えるのがメディアの仕事だと言われればそうかもしれませんけど、それにしたって限界ありますよね。