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 また、ため息をつく母。母は普段、滅多にため息をつかない。うつむいたまま、感情を整理しているように見えた。

「でも、エイズになるんじゃないの? 男同士で……ほら、そういうことをすると」

 母はエイズという病が、感染症ではなく、男同士の性行為が原因の病だということを信じていた。

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「男同士っていうだけで、HIVに感染するわけじゃないよ」

「そう……」

 また沈黙が流れた。母が、何か昔の事を思い出している様に思えた。

「私は、まともな子を産んだんだ」

「お母さんの育て方で、僕がゲイになった訳じゃないよ」

「そんなこと思ってない。私のせいだなんて思わない。ただ……今思い出した。あんたの婆ちゃん。私の死んだ母さんが、あんたのこと、そうだと言ってたわ……あんたがまだ小さい時にね……。母さんはわかってたんだわ、あんたのこと……。でも私は、母さんに腹が立った。だから『何でそんな事いうの! 私は、まともな子を産んだんだ!』って母さんに言ったの……まともな子を……」

 母は泣き出してしまった。苦しそうで、悔しいような泣き方だ。僕だって悔しい。生まれながらにして、親を泣かせてしまうセクシュアリティに生まれてしまった。誰も悪くないはずだ。母も。僕も。だけど、母も、僕も、涙が止まらなかった。

 

「私はちゃんとまともな子を産んで、まともに育てた! だから私のせいだなんて言われたくない!」

「お母さんのせいじゃないって言ってるの! 誰のせいでもないんだよ。僕はまともだし、ただ、僕は同性しか好きになれないってだけ。それだけ! それを分かってほしいし、認めてもらいたかったから言ったの」

「認められるわけがないじゃない、そんなこと! 甘えないで! 無理よ! 私だって、親に自分の性癖なんて話したことはない!」

「これは性癖なんかじゃない! なんで認めてくれないの!」

「それは無理よ。私は認めたくないし、この世の中だって認めてない」

「世の中は認めてくれない! だからこそ、まずはお母さんが認めてくれたら、僕はすごく楽になれる!」

「悪いけど、諦めて。それに、あんたみたいな人に対して、社会は厳しいに決まってる。だからそのことは、誰にも言わずに生きていきなさい。墓場まで隠し通すの。わかった?」

「それは無理だね! なんで、社会のせいで、僕が隠れて生きなきゃならないの!」

「あんたが傷つかないようにと思って言ってるの! 社会からどんな目で見られるか、あんたはその怖さがわかってない! 傷つくのはあんたなの!」

「僕はこれまでも、お母さんの知らないところでイヤと言うほど傷つけられてきた! 今までずっと耐えてきたの! でも僕が一番辛かったのは、暴言や暴力を受けた事じゃない! 自分で自分を殺したいほど、自分のことが大嫌いだったこと。それが一番辛かった! でもやっと、この歳で自分を受け入れられるようになってきたの! だからお母さんにも受け入れてもらいたいだけ! 社会に受け入れられる前に、まずはお母さんに受け入れてもらいたいの!」

「受け入れられるわけがないよ、それは無理。そんなこと、なんで私に言ったの。嫌な気持ちになる! そんな話をされて、喜ぶ人はいないでしょ。あんたの友達だってそんなこと言われたら、みんな嫌な気持ちになる! 少しは相手の気持ちを考えなさいよ!」

「今まで誰にも言えずに1人で抱えて生きてきたよ。20年間も! またそう生きろと言うの!」

「みんなイヤな気持ちになるだけでしょ! 私だって今すごく辛い! 1人で抱えろとは言わないけど、誰にでも話して良いことではないでしょ!」

「本当の自分の事を話したら、みんながイヤな気持ちになるなんて、僕は一体なんなの! 人を化け物扱いしないで!」

「大人になりなさい。自分のことばかり考えないで! もう話は終わり」

空が明るくなっていた。母は朝ごはんの仕度を始め、僕は自分の部屋に戻り布団に入った。