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2021/09/03

source : ノンフィクション出版

genre : ライフ, 社会, ライフスタイル, 読書

 少し先を歩いていた私は「尾畠さん、雲が出てきたから、山頂に急ぎましょう」と声をかけたのだが、一行の女性がカメラを取り出した。記念写真を撮りたいようだ。会のメンバーに取り囲まれた尾畠さんは「まいったね」という苦笑いを浮かべながら写真に収まった。

「ボランティアは金になるのか?」

 それでも、その頃はまだ、ぶしつけな人たちに反論したり、小言を言う余裕があった。ところが、その数日後、尾畠さんは急に黙り込むようになってしまった。

(中略)

「もうね、一生懸命やってもね、『ボランティアして儲かったのか?』『テレビ局に金をもらったのか?』って言う人もいて。もう反論する気もないんよ。月5万5千円の年金を切り詰めて、被災地の往復のガソリン代も出しているのに冗談じゃねえって」

(中略)

晩秋の祖母山へ。この頃、ぶしつけな電話、嫌味や嫌がらせもあり、眠れない日々が続いた ©白石あづさ

 その言葉に私は思わず下を向いた。尾畠さんのアクの強い考え方や突発的にも見える行動は、肌に合わないと感じる人もいるだろう。私自身、尾畠さんを聖人君子のようだと絶賛するつもりはない。正直なところ、少し強情だったり、独特な思い込みにとまどうことも時にはあった。しかし、何の矛盾もなく誰に対しても完璧な人などいるのだろうか。

 何の見返りもなく、日々、ボランティアに打ち込んでいる尾畠さんを、これだけ傷つけ潰してしまう人の心の闇に暗澹たる思いになった。

目の前の人や顔見知りからの嫌味

 私が見た限りだが、尾畠さんについて書かれた記事や映像は、多少の誇張や演出はあれど、ほとんどが好意的な内容だ。記事を読んだ読者のなかには尾畠さんに倣って自分も被災地に行こうと思った人もいるかもしれない。実際、取材をしているうちに尾畠さんの人柄に感化され、プライベートでボランティアに行き始めた記者やディレクターもいて、それが本当に嬉しいと尾畠さんはよく話していた。

 しかし、報道によって脚光を浴びれば浴びるほど、妬みやひがみが生まれ、尾畠さんに悪口をぶつける人が出てきてしまう。SNSで見知らぬ人による誹謗中傷が社会問題となっているが、目の前の人や顔見知りに嫌味を言われるのも輪をかけてつらいことだろう。心配していると、「姉さんは気にせんでいいから」と言ってはくれたが、私も取材者の一人であり申し訳ない気持ちになった。

 小さい頃から壮絶な体験をし、苦労に耐えて生きてきた尾畠さんは、特別に強い人だ。しかし、その強さを自分の幸せのためではなく、困っている人のために使っている。そして、強いから小さなことなど気にしないのではなく、むしろ、人の心の小さな傷に気が付く繊細な人だと思う。

 だからといって、誰にも親切で優しいわけではない。褒める人もいれば、ぶっきらぼうに接する人もいる。最初のうちは、尾畠さんも人間だから、好き嫌いがあるのだろうと私は考えていたのだが、そうではなく、その人に合った態度や言葉で、出会った人がよりよく生きていけるよう、いつも心を砕いているのだ。

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