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仕事をゆったりにするだけで見えてきた“風景”

 私の毎日も変わった。編集業務は夕方までとして、よほど締め切りが迫ってない限りは、家で本を書いたり、部屋に積み上がった資料の整理など片付けに充てた。

 長年、朝から深夜まで会社で過ごし、その後、打ち合わせを兼ねて閉店間際のファミレスで食事が当たり前の生活だった。夕方早々に帰れるとは、何てぜいたくなのかと、初めて経験するスローな日常に感動した。いきおい、流れる時間がゆるやかになり、一日がうんと長く感じられた。

 忘れられないのは、平日の日中のことだ。家の近所を歩いて驚いた。これまで見たこともなかった風景が目の前に広がったからだ。

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 帰宅する子どもたち。移動販売の八百屋さん。住宅地なのにこんなに人通りがあったのかと、週末と夜の風景しか知らなかった私は、ただただ固唾をのんだ。

 もともと私は貧乏性であり、働くことは大好きだった。けれど、ある時期から全ての責任を放り出したいと思うようになった。決算対策から就業規則まで、見るべき書類は常時積み上がっていた。きっと仕事の物量が限界を超えていたのだろう。

 ところがスケールを小さく、ゆったりにしただけで、仕事はこれまでにも増して面白くなっていった。

 これなら60代に入っても働き続けられそうと、健全な意欲が戻っていた。

 手探りで進みながら思った。50代の身辺整理は、仕事がうまく回転している時に自分の意志で行うことだ。その方がどんと構えられるし、納得のいく結果に収められる。考え過ぎてタイミングを外すことだけは避けたい。