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「このままでいいの?」という怒りが根底にある――3.11を読む

『バラカ』 (桐野夏生 著)

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撮影/高橋依里
きりのなつお/1951年石川県生まれ。93年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞受賞。99年『柔らかな頬』で直木賞受賞。2010年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、翌年同作で読売文学賞を受賞。15年、紫綬褒章受章。

  東日本大震災で原発4基爆発、警戒区域は関東にまで及び、オリンピックは大阪開催――『バラカ』で桐野夏生さんが描く“もうひとつの日本”だ。連載開始は2011年7月、いち早く登場した震災小説だった。

「元々は父親が我が子を探し求める物語を準備していたのですが、取材も進めていざ書き出そうという矢先に震災が起きて。これを無かったことにして書くことはできないと思い、大きく構想が変わりました」

 物語は、老人ボランティアの豊田が警戒区域で孤児を保護するプロローグから始まり、続く第一章で大震災前に時間が巻き戻る。

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「原発事故は全く先が見えず、被災地の状況も刻々と変わる中で、震災とその後の世界は今すぐには書けないと判断して、連載しながら現地取材を重ねました。4月に再開直後の仙台空港や閖上(ゆりあげ)地区、12月に三陸鉄道、その後も仮設住宅に伺う中で感じたことから『こんなことが起こりうるかもしれない』と物語が練り上がっていきました。ただ、時間的にまだ近くて衝撃も大きかったので、現状より激しい被害を受けた設定にし、さらに大震災8年後という近未来を描くことで意図的に自分と小説世界の距離をとっています。執筆中の4年半は現実と虚構を行ったり来たりして、いかに虚構の強度を強めるかを考え続けていました」

 日系ブラジル人夫妻の間に生まれてドバイの赤ん坊市場に売られ、日本人に買われるも震災で親を失う少女・バラカ。彼女こそ冒頭で豊田に救出された幼子だ。

「バラカが過酷な世界に戦いを挑む根底には、私自身が現状で感じている『何か隠されているんじゃないか』『このままでいいの?』という疑問、怒りがあります。勝手に売り買いされ、被曝させられ、反原発派にも推進派にも象徴として祭り上げられるバラカは怒りと共にディストピアを生きている。でも、もっと悪魔的な少女に成長しても不思議はないのに、どう書いても曲がっていかないんです。最後には希望を生むような存在にまでなって。それはやはり豊田老人の庇護ゆえなんでしょうね。愛情を知っているから、怒りだけの少女にはならなかった。あまり希望のある小説を書く方ではないのですが(笑)、今回ばかりはこういう風にしか書けませんでした」

 バラカは女性憎悪(ミソジニー)の権化のような義父・川島にも立ち向かわなくてはならない。その卑劣さは強烈なインパクトで物語を牽引する。

「近年の日本に漂うミソジニーにはとても違和感を抱いています。差別って社会が疲弊するほど顕わになるものなので、震災の打撃を受けたこの小説の世界でも男女の憎み合いは嗜虐的に書き込んでいます」

 だが、あらゆる対立を超越して、最後の最後までバラカは生き延びる道を探す。

「大きなものを書き上げた感覚はあるのに、完全に閉じた気がしなくて。どこかで世界が続いているような。上梓後にこんな気持ちになった作品は初めてですね」

ドバイの赤ん坊市場で買われて日本に来たバラカは、東日本大震災で養親と生き別れ、警戒区域内で豊田老人に保護される。幼くして被曝した彼女は、反原発/推進両派の争いに巻き込まれ、災厄のような男・川島に追われながらも、震災後の日本を生き抜いてゆく。

バラカ

桐野 夏生 (著)

集英社
2016年2月26日 発売

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