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アレクシエーヴィチが言うところの「小さき人々」とは…教科書には書かれない“真の歴史”を書く

著者は語る 『アレクシエーヴィチとの対話 「小さき人々」の声を求めて』(鎌倉英也 著)

『アレクシエーヴィチとの対話 「小さき人々」の声を求めて』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ/鎌倉英也/徐京植/沼野 恭子 著)岩波書店

『戦争は女の顔をしていない』『チェルノブイリの祈り』など、市井の「小さき人々」の声を掬い上げる多声的な作品を発表し、2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ。日本ではまだ無名だった1990年代末から彼女を取材し続けてきたのが、本書の共著者の1人、NHKエグゼクティブ・ディレクターの鎌倉英也さんだ。アレクシエーヴィチは、ノーベル文学賞受賞により大きな名声を獲得しても、その前後で態度が全く変わることがなかったという。

「初めてお会いした時から、作家然とした感じはなくて、ミンスク(ベラルーシの首都)のごく普通の、優しい中年女性という印象のままです。優れたジャーナリストで、作品も厳しい内容を取り扱っているけど、友だちのように接してくれる方ですね」

 本書は、サンクトペテルブルグ、ミンスク、シベリア、チェルノブイリ、福島でのNHK同行取材記録のほか、様々な講演や対談、評論等をまとめた一冊だ。冒頭には、昨年ベラルーシからドイツに亡命したアレクシエーヴィチから日本の読者へ宛てた一文も収められている。先日、東京オリンピックに出場していたベラルーシの女性陸上選手が、隣国ポーランドに亡命するという事件も起きた。ルカシェンコ大統領による独裁が強まっているベラルーシにおいては、ノーベル賞作家の身も安全ではない。

「先日アレクシエーヴィチと話した際に、母国の状況に強い危機感を持つ一方で、これまでは国家にあまり抵抗をしない羊のような国民だと思っていたけれど、ここ数年、市民が立ち上がって抗議活動をするようになった、人々の意識に〈革命〉が起きた、と喜びを語っていました」

 アレクシエーヴィチはジャーナリストとして初めてノーベル文学賞を受賞した作家だ。いわゆるドキュメンタリー文学にノーベル文学賞が与えられたのも初めてで、本書の共著者である沼野恭子氏は、〈「文学」そのものの定義の地平が押し広げられた〉と評する。

「初めて取材に同行した際、強い印象を受けました。通常取材をする時は、向かい合って話を聞くことが多いですよね。でも彼女は横に並んで一緒に湖を眺めたり、時には相手の背中をさすって労わるように撫でたり、寄り添うようにして話を聞く。話を聞き出そう、ではなくて、話し出すのをずっと待っているんです。時には沈黙が長く続くこともある。根気のいる作業です。時間に縛られずじっくりと耳を澄ます。彼女独特の取材方法ですね」

 多声的な作風が評価されるアレクシエーヴィチだが、彼女が言うところの「小さき人々」とは、どのような人を指すのだろうか。

鎌倉英也さん

「自分自身も〈小さき人々〉だ、という意識を持っているんじゃないかと思っています。彼女がかつてローマの歴史を学んでいたころに、なぜローマの社会や歴史が実感できず身をもって理解できないんだろう、と思っていたそうですが、ある時、教科書に書かれている歴史が、皇帝や将軍といった権力者の歴史ばかりで、例えば、水を汲みに水がめを運んでいたローマの少女がその時、何を思いどう生きていたか、まったく歴史から消し去られていることが原因だったと気づいた、と言っていました。彼女の言葉を借りれば、『そのような決して声を残さない人々が、砂のように消え去ってしまわないように、本当の歴史を書きたい。教科書には決して書かれない真の歴史を』ということなのです」

かまくらひでや/1962年、長野県生まれ。NHKエグゼクティブ・ディレクター。映像作品に『アウシュヴィッツ証言者はなぜ自殺したか』『日中戦争』『記憶の遺産』他、著書に『隠された「戦争」』他。

アレクシエーヴィチとの対話: 「小さき人々」の声を求めて

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ ,鎌倉 英也 ,徐 京植 ,沼野 恭子

岩波書店

2021年6月29日 発売

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