生育環境が良くなかったからなのか、学生時代に良い先生に巡り会えなかったからなのか、とにかく大人を信用できない子どもだった。
正確に言うと「信用できなくなった」の方がぴったりくる表現で、家庭で虐待を受けていたことや、学校で先生にいじめられたり、濡れ衣を着せられたりした経験が積もり積もって、いちいち傷付くのが嫌になった結果、中学生のときくらいに「もう他人を信頼するのをやめよう」と心を閉ざすようになってしまった。
決定的な事件
私が他人を信用しなくなった決定的なできごとは、中学1年生のとき「クラス内でいじめの主犯をしている」という濡れ衣を生活相談係だった女性の先生から着せられたことだった。
その先生が担当していた英語の授業中、「ちょっと来い」と指示された別教室に入った私を待っていたのは、突然の怒号と、机や椅子を蹴り飛ばすなどの「脅し」だった。身に覚えのない「いじめ」を必死で否定しても、先生は私の話を聞く気はまったくないようで、ひたすらに私を罵倒しつづけるので、途中で反論する気力すら奪われてしまった。
のちほどわかったが、私のことを気に入らないクラスメイトが、私を陥れるためにその先生に嘘の相談をし、話が大きくなって相手側の両親が学校に問い合わせをしてきたことが背景にあったらしい。学校側からすれば、相手側の両親の怒りをおさめるために、早く私にいじめを認めさせ、謝らせて問題を解決したかったのだ。
授業が終わる頃になっても私がどうしてもいじめを認めないので、その先生は悔し涙をこぼす私に「落ち着いたら教室に帰れ」と指示し、部屋から立ち去った。すると間もなく、私の担任である先生が入ってきて、私の体をベタベタと触り、「俺はお前の味方やからな」と執拗に話しかけてきた。男の行動に嫌悪感を抱きつつ「私はやってません」と訴えたが、担任はウンウンと言うだけで、生活相談の先生に抗議してくれるわけでも、何かしらの行動をとってくれるわけでもなかった。
40歳を超えた大人であっても……
家に帰って制服のまま泣いている私を見た母親が異変に気付き、事情を把握すると、学校に猛抗議の電話を入れてくれた。母親は普段、私にとって良い母親ではなかったが、私が外で傷付けられることに関しては非常に敏感で、無性に腹をたてる人だった。