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拝啓 中嶋聡様 オリックスファンの大学教授がぜひ監督に伝えたい、感謝とお詫びとお願いと

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/10/17

拝啓 中嶋聡様

 清秋の候、中嶋様におかれましては、シーズン終盤のお忙しい日々をお過ごしの事と思います。ペナントレースが佳境に入る中、お手紙を差し上げる事の非礼さは、重々承知しているつもりです。しかし、どうしてもお伝えしたい事があって、敢えて筆を取らせていただきました。

 私は、兵庫県に在住のしがない一オリックスファンです。最初の頃は、仕事の関係で兵庫県に引っ越してきた事もあり、地元のチームでも応援してみようか、というくらいの軽い動機ではじめたオリックスの応援でした。ですから、これまでどれだけ真面目なファンであったかというと、全く自信がありません。ですがそれでも、この10年ほどは、すっかりはまり込んでしまい、今では家族全員でチームの勝敗に文字通り一喜一憂する日々を送っています。

1年ってこんなに長かったんだ

 さて、そんな私や家族にとって、思い起こせば、秋もまたオリックスと共にあった季節でした。10月にはドラフトがあり、今年は誰が指名されるだろうかとワクワクしながらテレビの前にかじりついていました。ファンフェスタに参加して、選手の皆さんの笑顔を間近で見られるのは嬉しい事でした。11月になると高知までお邪魔して、秋季キャンプを見に行きました。近所の100円ショップで買って来た色紙をたくさん持った娘たちが、選手の皆さんにサインをねだるために夕方の長い列にならんでいるのを、ずいぶん長い間、車の中で待っていたものです。それは我々家族にとって実に楽しい時間でした。

 でも、今、振り返って思う事があります。こうしてドラフトに向けて高校生や大学生、更には社会人や独立リーグの選手たちの情報を集めたり、高知行きの計画を立てたりしていた頃、私や家族にとって、その年のペナントレースは既に終わっていたのだな、と。だから、我々もシーズン最終戦やファンフェスタで引退する選手に別れを告げ、また来季に向けたローテーションやラインナップを想像する事により、ファンである事を楽しんでいたのだと思います。

 しかし、今年の秋は違います。オリンピックでの中休みがあった事もあり、ペナントレースがまだ続いている事もあるでしょう。でも、何よりも重要な事は、この時点でオリックスが優勝を争っている事です。そう今年のオリックスファンにとって「今シーズン」はまだ終わっていないのです。そして考えてみれば、この後、クライマックスシリーズがあり、日本シリーズがあります。嘘これまでとは違って、「今シーズン」はまだまだ続くのです。

 だから、正直、私や家族はこの秋の日程を立てる事ができません。だって、リーグ優勝や日本シリーズ進出、そして何よりもオリックスが25年ぶりに日本シリーズで優勝した瞬間、どうしてもその場に居たいじゃないですか。いや、その場に居る事ができなくても、その瞬間をテレビでもインターネットでもいいから、目の当たりにして、その喜びを分かち合いたいじゃないですか。

 仕事の事を考えれば、日程が立たないのは実に困ったことです。私は大学で韓国関係の研究や教育をしているのですが、その韓国では、来年に控える大統領選挙を前にして、与野党の候補者もまもなく決まり、激しい選挙戦が始まります。韓国は大統領制ですので、頻繁な候補者討論会がありますから、各候補者がどんな人で、どんな政策を持っているかを知る為には、私もその様子をきちんと観察しなければなりません。私が教えている大学院生にとっては、秋学期は修士論文や博士論文の執筆が佳境になる時期で、新型コロナ禍であるにも拘わらず、彼らは私の研究室の前にアドバイスを受ける為に長い列を作っています。勿論、授業はありますし、会議もあります。一体どうしたらいいのでしょうか。

 でも、お伝えしたいのはそんな事ではありません。スケジュールが立たないのは困ったことだけど、こんなに楽しい日々は実に久しぶりです。いや、ひょっとすると初めてかもしれません。率直に言って、とても嬉しい。だから私は、監督にとても感謝しています。そしてそれはたぶん、多くのオリックスファンも同じ気持ちだと思います。これまではとうの昔に終わっていた「今シーズン」を、私たちは、今もまだ心から楽しんでいます。プロ野球ってこんなに楽しかったんだ、そして、1年ってこんなに長かったんだ。だから、私はその感謝の気持ちを監督にどうしても伝えたいのです。