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拝啓 中嶋聡様 オリックスファンの大学教授がぜひ監督に伝えたい、感謝とお詫びとお願いと

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/10/17
note

一人の指導者として、監督の事がとてもうらやましくさえ思えてきます

 そして、同時にお詫びしなければならない事があります。それは私たち、いや少なくとも私が、監督やチームを心から信じていなかった事です。確かに昨年後半、監督が代行に就任した時、チームの雰囲気は少しだけ明るくなり、成績も上向くようになりました。しかし、だからといってそれにより、私たちが今目の前にあるような、チームの快進撃を予想していたか、といえばたぶん嘘になります。ほとんどのファンにとって、今シーズンのファンなりの目標は「クライマックスシリーズ進出」だったと思いますし、それだって、その可能性をどれくらい真剣に信じていたか、といえば、かなり疑わしいと言わなければなりません。他のファンの方はともかく、少なくとも私はそうでした。クライマックスシリーズに進出できればいいけど、やっぱり今年も難しいんだろうな。そう思っていたことを正直に告白しなければなりません。

 監督の選手起用についても同様です。シーズン開始と同時の紅林選手や太田選手の起用について、多くのプロ野球解説者は「未だ実力が十分でない選手を育てる為に無理に使っている」「それは選手層の薄さの裏返しだ」と説明しました。そして私たちはそれを悔しい思いをしながらも、「でもやっぱりそうなんだろうな」と心のどこかで思っていました。宮城選手の活躍はオープン戦から顕著でしたが、まさか二けた勝利をあっさりと上げるとまでは思っていませんでした。若手を信じて使い続けて育てていく。言葉で言うのは簡単ですが、なかなか出来る事ではありません。ただただ凄いな、と思うばかりです。

 でも私が本当に驚いたのはそこではありません。昨年までのオリックスのベンチは、いつもとても静かでした。西武や日本ハム、更にはソフトバンクや楽天、そしてロッテのベンチが、試合前からにぎやかで活気に溢れ、誰もが仲間たちのプレーに一喜一憂しているのに対し、時おり一塁側のチケットが取れずに座った三塁側のスタンドから見た、オリックスのベンチはよく言えば落ち着いた、悪く言えばただ淡白に試合をこなしている様な雰囲気に見えました。選手たちはこの試合を楽しんでいるのだろうか。ひょっとしてプロ野球選手になり、オリックスに入った事を後悔しているのではないか。全くお節介な事に、そんな事を考える時すらありました。

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 しかし、今シーズン、特に交流戦の辺りから、ベンチの雰囲気は全く違って見える様になりました。選手達が、チームメートの一球一打に注目し、その成否に一喜一憂しているのが、遠くからでも手に取るようにわかるようになりました。そして、何よりもそこにおける選手達の姿はとても集中していて、楽しそうに見えました。私は大学院で、ちょうど監督が指揮をしている選手達と同じ年代の学生たちを指導しているのですが、だからこそ、その事の意味がよくわかる気がします。若い選手や学生のパフォーマンスは、彼らがどれだけ自分に自信を持ち、自らに与えられた課題を日々楽しめるかで、大きく変わって来るものです。そして、一旦前向きになれば彼らは、私たちが予想もしなかった早さで自らの殻を破り、先へ先へと進んで行きます。そんな時、彼らは実に楽しそうだし、生き生きとしています。そして彼らの人生が、その瞬間、充実している事が私たちにも手に取るように伝わってきます。

 でも私は知っています。我々のベンチや研究室をそんな希望に満ちた若者で溢れさせるのは決して、簡単な事ではありません。そして、今、監督がそれを実現しているのは、とても凄い事だと思います。うちの研究室にも、タイムリーを打って笑顔で踊っている宗選手のような学生が一人でもいてくれれば、どんなにか助かるのに。そう思うと、一人の指導者として、監督の事がとてもうらやましくさえ思えてきます。

 監督、もう一度申し上げたいのは、そんなチームの姿を見て、私たちもまた、とても幸せな気分でいる、という事です。それはきっと、幸せで前向きなベンチの雰囲気を、私たちファンも少しだけ分けてもらっているからなのだと思います。だから改めてお礼を申し上げたいと思います。私たちは監督と、監督が作り上げたチームを応援出来て本当に幸せです。

最後の最後まで、このチームには前向きで明るくあって欲しい

 最後に一つだけ。京セラドームのロッテとの3連戦、本当にご苦労様でした。でも、この3連戦、私にはスタンドから見た選手たちの顔は、少しだけ苦しげに見えました。だからこそ、お伝えしたいと思います。監督と監督が作り上げた今年のチームは、私たち、オリックスファンをここまでとても幸せにしてくれました。そして私たちはその事に、心から感謝しています。

 だから、最後は、監督と選手たちに、自らのために思う存分プレーして欲しいと思います。残りは僅か5試合。仮に負け越したって、そしてその結果としての順位がどうなっても、監督や選手たちを非難する人なんている筈がありません。だから、最後の最後まで、このチームには前向きで明るくあって欲しいと思います。だって、考えてください。シーズンが始まった時、2014年以来、7年ぶりのクライマックスシリーズ進出は多くのファンにとって「夢」だったのです。そして、監督とそのチームはその我々の「夢」を軽々と達成して見せたのです。それがどれほど素晴らしいことか。オリックスファンなら誰もがそれを知っていると思います。

 だから、監督と選手達には最後の本拠地3連戦、最後まで笑顔で悔いなく、戦い抜いて欲しいと思います。私たちは、スタンドや、テレビやパソコン、スマートフォンの前でそれをずっと見守っています。そしてそれにより監督と監督の作り上げたチームからもらった幸せを、少しでもお返しできれば、と思っています。もちろん、私と家族も球場に向かいます。大学院生たちも、きっとわかってくれると信じています。

 そして、全てが終わった時、私たちが見守って来た若い人達は、春よりもずっと大きくなっている筈です。そしてそれは全て、監督と監督が率いたベンチの采配の結果です。だから、今度はその成果を是非、少しはにかんだマスクの笑顔の下で、堪能して欲しいと思います。中嶋監督、あなたには十分その資格があります。そして出来るなら、もう少しの間、このいつもより長いシーズンを私たちに楽しませていただければ幸いです。正直、あのムラのあるバッティングをする中嶋聡が、こんな繊細な指導者になるなんて、誰も想像しなかったと思いますよ。

 以上、長くなってしまいましたが用件のみにて失礼いたします。チームの皆さまによろしくお伝えください。そして、これからもオリックスバファローズをよろしくお願い申し上げます。

中嶋監督、これからも末永くよろしくお願い申し上げます

 再拝

 2021年10月17日

 兵庫県在住の一オリックスファンより

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