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ピンチの時こそ「どうぞ、打ってください」中日・松葉貴大が31歳で見つけた“持ち味”

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/10/18
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仁村二軍監督からかけられた驚きの言葉

 新天地で松葉は二つの気付きを得た。一つ目は基本中の基本であるキャッチボールの大切さだった。中日のユニフォームを着て最初にしたキャッチボールが今でも忘れられない。

「全て胸に来るのは当然。球の回転や勢い。何より1球1球に意図や意識を感じるんです。あまりにも質が高すぎて、衝撃を受けました」

 相手は山井大介だった。

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「その後の吉見(一起)さんのキャッチボールも強烈でした。やはり長く現役で結果を出している投手のキャッチボールは全然違います。オリックス時代も大事にしてきましたが、中日に来て確信しました。ありとあらゆる練習をしましたが、最も大切にするべきはこれだと」

 二つ目は二軍首脳陣の言葉がきっかけだった。去年の春先、門倉健コーチと小笠原孝コーチに同じことを言われた。

「練習中にポロッと『お前の持ち味はゴロを打たせることだよな』と言われたんです。僕が『え、そっちですか?』と返したら、『そりゃ、そうだろ』と。実は移籍して最初の登板で打たれて、セ・リーグでもパワー系の投球では通用しないなと薄々感じていたんですが、あの言葉で目が覚めました」

 さらに今シーズン前半に仁村徹二軍監督から驚きの言葉を掛けられた。

「打たせて取るのではなく、『打たれようと思って投げてみな』と言われました。『抑えたい気持ちが力みに繋がっている。相手をあしらうくらいでちょうどいい』と。実際、その考えがはまった試合があったんです」

「平凡な自分がプロの世界でどうやったら生き残れるのか」

 7月20日。ナゴヤ球場のウエスタンリーグ中日・オリックス15回戦。松葉は立ち上がり、無死満塁からタイムリーを浴びて1失点。なお満塁とピンチが続いた。

「正直、あと何点取られるか分かりませんでした。その時、ふと『そうだ。打たれよう。後ろには仲間が守ってくれている』と思ったんです。すると、意外に3点で済みました。結局、勝ち投手にもなりました。僕の投球スタイルは仲間を信じて打たせて抑える形。もうどんな時もこのスタイルで行こうと思いましたね」

 これらの二軍での経験から、松葉はじっくり自分を見つめ、大きなことに気付いた。

「僕は平凡なんです」

 冷静な自己分析によどみはなかった。

「僕に突出したものはありません。強いて言えば、何でも満遍なくできることくらい。そんな平凡な自分がプロの世界でどうやったら生き残れるのか、家族を養えるのか。その答えがテンポ良く、ストライク先行で、ゴロを打たせて、ゲームを作ること。ピンチの時こそ『どうぞ、打ってください』と落ち着くことだったんです。人間、うまく行かないと、過去の自分を上回りたくなる。でも、もう31歳。ここから劇的に球速は上がらないし、新しい変化球を覚えるのも難しい。ならば、このスタイルを貫き、磨きをかけるしかない。もうブレません」

 プロたる者、常に向上心とプライドを持って「上」を目指すべきだと皆が言う。進化、発展、成長を求め、必死にもがく姿が美徳とされる。しかし、松葉は「足元」に視線を落とし、自らの立ち位置を把握し、スタイルを確立し、それをひたすら貫いている。これもまたプロではないか。

 きっと松葉は来年も同じコメントを繰り返すだろう。一見、無味乾燥な「持ち味」という言葉。しかし、その奥底にプロの世界で生きる男の深い味わいを感じてもらいたい。

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