1961年作品(96分)/東宝/4500円(税抜)/レンタルあり

 松本清張原作の映像化作品の最大の魅力は「真面目に生きてきた人間がふとした誘惑に負け、やがて転落していく」という、理不尽な物語展開だ。

 それだけに、主人公に配役されるのはどこか生真面目そうなイメージの強い役者が多く、彼らが誘惑と転落のドラマを通して演じている、他の作品ではなかなかお目にかかれない狂気と情けなさに満ちた一面が見せ場になっている。『黒い画集 あるサラリーマンの証言』の小林桂樹、『影の車』の加藤剛はその代表例だ。

 今回取り上げる『黒い画集第二話 寒流』における池部良もまた、そうだった。

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 池部良といえば清廉な二枚目。多くの役柄で正義や良心を体現してきた役者だ。それが、本作でひっくり返る。

 物語の舞台となるのは、とある大手銀行。池部が扮する主人公の銀行員・沖野は、同期だが親のコネで常務に出世した桑山(平田昭彦)に媚びることで引き立てられ、池袋の支店長に昇進できた。

 だが、沖野に思わぬ落とし穴が待ち受けていた。妻子あるにもかかわらず料亭の美人女将・奈美(新珠三千代)と肉体関係を結んでしまうのだ。

 ただでさえ見た目も話し方も元から端正な上に、頭髪も服装もダンディに固めた池部は、どこから見ても真面目で誠実な銀行員。だからこそ、奈美の魅力にとり込まれていく池部の表情や動作の一つ一つが深刻な重大事として映し出されることになり、その葛藤が生々しく伝わってきた。

 もちろんそれだけでは終わらない。料亭への融資拡充を目指す奈美は、融資を断った沖野から桑山に乗り換える。そして、奈美に惚れ込み沖野の存在が邪魔になった桑山は、沖野を地方の支店に左遷する。

 後半、沖野はとにかく惨めだ。奈美との関係を知った妻子に逃げられ、挙句に奈美には「あなたが鬱陶しい」「あなたが惨めな人に思えてきた」とまで吐き捨てられる始末。だからといって沖野は何もできず、ただ鬱々とうつむくだけ。池部の見るからに生真面目な風貌のために、その転落劇は一層やるせなく映った。

 転落は続く。桑山への復讐のために使った探偵(宮口精二)は裏をかかれ、利用しようとした総会屋(志村喬)には逆に金を奪いとられ、ヤクザ(丹波哲郎)には脅され、反対派の重役(中村伸郎)には相手にされず――。取り囲む役者たちのアクの強い芝居と、池部の変わらぬ端正さとのコントラストが、沖野の情けなさを徹底的に際立たせる。

 良心の塊にしか見えない男が、ほんの出来心のためにどこまでも落ちていく。その果ての池部の惨めな様に、清張世界の容赦ない因果応報の恐ろしさを思い知らされた。