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新しい習慣の作り直し

 CBTの開始時に「心理教育」(病気やCBTに関する説明)を受けたことで、春子さんはこれらへの理解を深められ、早速「不安階層表」を作成しました。この表の下層に当たる、“汚染感”が少ないもの――自室の床、病棟の廊下、体温計や血圧計など――から、段階的に暴露を行っていくことが決まりました。それらに触った後は、手洗いをしない、どうしても難しい場合には、3分以内なら可、と取り決めました。また、「これは汚染されていないか?」といったスタッフへの「保証の要求」も、1回までなら可、と取り決め、スタッフ側もそれ以上の要求には応えないことを徹底しました。

 放っておくと長時間化する入浴も、20分以内に設定しました。最初の頃は時間になれば看護師から促されて半ば強制的に浴室から出されていたのが、徐々に看護師の見守りだけで出られるようになり、ついには春子さんひとりの意志のみで入浴儀式を終えられるようになりました。その際、身体の洗い方に関する細かな儀式は必然的に崩すこととなり、新しい習慣を作り直し、限られた時間の枠に収まるよう、彼女自ら行動を効率化させていきました。

 徐々に課題を達成し、入院2カ月ほどで症状は半減しました。次の1カ月では自宅への外出と外泊を繰り返し、怖がっていた家事にも挑戦できました。こうして自宅でのCBTを練習し、退院後もそれが続けられることを確認した上で、退院の運びとなりました。

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3年経った現在はアルバイトができるように

 その後は子供への「巻き込み」も極力減らすように努め、公園の砂場で他の児童と遊ばせることもできるようになりました。

 一番の不安の対象だったインフルエンザの予防接種についても、シーズンごとに症状が揺れ動きましたが、それでも根気よく暴露を繰り返すうちに、少しずつ改善していきました。薬物も徐々に減量し、3年経った現在はアルバイトができるようにもなりました。

 春子さんは元来、感染症に関する若干の恐怖感を持ち合わせていました。それが病的な水準に至ったきっかけは、スーパーで血を流す高齢男性でした。その衝撃は強く、スーパーの食品に血液感染のイメージが結びついてしまいます。そこで不安解消行動を繰り返した結果、それらに条件付けが施されました。同様の行為の繰り返しにより、ますます認知が歪み、現実離れした考えが定着していきます。汚染への回避や、洗浄、そして「巻き込み」がエスカレートし、強迫の悪循環の完成に至りました。これが典型的な《汚染/洗浄系》のケースです。

 ちなみに、夫が春子さんの「巻き込み」要求に対して非協力的であったことは、偶然ながらも、強迫への対応としては正解でした。もし夫が求められるままに買い物の代行を行っていれば、彼女の引きこもりに拍車がかかり、ますます強迫症状は悪化していたと考えられます。同じように、幼稚園の行事も彼女にとって苦痛だった一方、“子供のため”に頑張ったことが、結局は回避行動への抑止力として治療的に働いていました。