外出自体が苦痛で、特にスーパーの買い物には強い抵抗を感じたものの、生活を続ける上で避けることはできませんでした。できれば夫に代行を頼みたいと考えていましたが、彼は非協力的な姿勢で、結果的に春子さんの強迫に「巻き込まれる」ことは少なかったようです。また、度々あった子供の幼稚園の行事も休むに休めず、必死になって参加していました。
洗浄する時間がどんどん長時間化し…
帰宅時の手洗いは激しさを増す一方で、さらに外出時の服は即座に脱いで洗濯し、子供にも同様の行為を強要するようになりました。特に、赤いものなどの血液を連想するものに近寄ったときには、帰宅後の洗浄がさらに激しくなり、加えて入浴もするようになりました。その儀式は「ひたすらシャワーで洗い続ける」というシンプルな形式ながらも、要する時間はどんどん長時間化し、最終的には1時間程度かかるようになりました。外で買ってきた品物は、洗えるもの(食品など)なら全てラップごと洗う、洗えないもの(電化製品など)ならウェットティッシュで繰り返し拭く、といった洗浄を徹底していました。
発症から2年ほど経ち、33歳になった春子さんの症状は非常に悪化していました。改めて近所の精神科クリニックを受診したところ、筆者の専門外来を紹介されることになりました。
筆者は重度の強迫症と診断しました。自宅の生活空間全体が、汚染に関連した「怖いもの」に満たされており、それらに関する強迫症状で疲弊しきっていたため、春子さんには入院治療を勧めました。彼女は病院にも強い汚染感を抱いていたため、当初は入院に拒否的でした。しかし家族からの強い説得もあり、最終的には納得して、入院治療を開始することになりました。
何でも触る前にはウェットティッシュで拭く
春子さんが病棟に入る時点で、客観的にも汚染への恐怖が見て取れました。彼女は素手で物を触ることに強い抵抗があり、入院の同意書にサインをする際、病院のボールペンを使用することができないほどでした。特に血液に関する不安は顕著で、病室の壁や床などの小さなシミの一つ一つに不安を感じ、「今手に触れたものは血液ではなかったか?」「誤って触れてしまわなかったか?」など、繰り返しスタッフに確認していました。回避行動も目立っており、机や壁には不用意に触れないよう、注意深く行動していました。
入院してすぐの頃は、入浴とトイレ以外には自室のベッドから移動しようとしませんでした。他の患者やスタッフへの汚染感から、最初に入浴させて欲しい、シーツは替えないで欲しい、体温計は使わないで欲しい、と懇願し、何でも触る前にはウェットティッシュで拭いていました。
春子さんは薬物への抵抗感も強く示していましたが、筆者からその重要性を改めて説明されたことで、ようやく内服に納得しました。抗うつ薬(SSRI)の内服を少量から始め、有効量まで少しずつ増量します。入院して2週間が経った頃、入院生活への慣れ、及び薬物の効果により、不安が徐々に弱まってきました。春子さんの治療意欲が高まってきたこともあり、CBT(編集部注:強迫行為を我慢する行動療法)を開始しました。