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《ゴルファー横田真一を襲った“魔病”》「本来の打ち方は無理」それでも“イップスになってよかった”と考える納得の理由

『イップス 魔病を乗り越えたアスリートたち』より #2

2021/10/10
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イップスの研究で医学修士号を取得

 その後、横田は自分のイップスの体験をさらに医学の分野で本格的に学ぼうと、優勝の翌年、順天堂大学医学部の研究生になった。このとき39歳。2年後には同大学大学院医学研究科修士課程に合格した。頂点を極めたプロゴルファーが医学系の大学院で学ぶことは、異例中の異例だった。修士論文は「プロゴルファーにおける自律神経とパフォーマンスの関係」である。修士論文を作成するとき、実験データとして、試合の朝に選手の交感神経、副交感神経の数値を計測させてもらった。脈波測定器を使って、選手の指先を洗濯ばさみのようなもので挟む。選手たちは協力してくれたという。

「その数値が高いほど飛距離が出るというのが僕のテーマなのです。当日のドライビングの距離と相関を取る。お医者さんの言っていることを自分の経験則で照らし合わせることができる。自分しかできない研究テーマをできるのは、すごく大事ですね。それに、自分の経験と科学をくっつけることができるのも研究では重要だと思います」

 彼は博士課程を目指していたので、さらに研究も深まっていくことだろう。怪我の功名かもしれないが、イップスになってよかった、とも語ってくれた。

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 横田は取材時に、キヤノンオープン3番ホールでの101ヤードのチップインイーグルを決めたときの写真を見せてくれた。

「すごく決めた後なのに、興奮してないでしょう。リラックスしてるでしょう。これが大事なんです」

 さらに、優勝した瞬間の写真も見せてくれたが、興奮した様子はなく、しみじみと喜びに浸っている安堵感があった。さざ波が押し寄せるようにゆるやかで、余韻のある幸福だ。

「感慨深い感じで、ほわーっとしているでしょう。それだけ余裕があったのかもしれないけど、勝つときってこんなもんですよ」

 勝つときってこんなもん、という彼の言葉が反芻された。リラックスするということは、喜びにも悲しみにも軸が振動しない、しなやかさを保てるということなのだろう。

 イップスを、あるゴルファーは「やだな君」と呼ぶ。「嫌だな」から転化したものである。ゴルフでもイップスの克服法は一様ではない。それぞれがそれぞれに合ったやり方で対処している。大事なことは、当人が症状にどう向き合い、道を開いていくかだ。そこに無駄はない。当人の向き合い方次第で、「イップスになってよかった」と思えるほどに豊かな生き方へと転化することもある。

 横田は再びシード落ちしたが、平成27(2015)年にはシードに復帰した。これも、自己の研究をプレーに生かした成果だ。とくにミズノオープンでは2日目に首位に立って、健在ぶりを示した(最終成績は14位)。年齢も50代に迫り、ゴルファーとしてのキャリアをこれからどう積み上げていくのか興味深い。また、自律神経の研究成果をどうプレーに生かしていくだろうか。こちらのほうも先行きが楽しみである。

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