文春オンライン
「さあ、いくべ」「無理するこたぁねえシャ」動物文学作家が同行した“マタギ”の狩猟…野営地で過ごした一晩の出来事

「さあ、いくべ」「無理するこたぁねえシャ」動物文学作家が同行した“マタギ”の狩猟…野営地で過ごした一晩の出来事

『マタギ 日本の伝統狩人探訪記』より #1

2021/10/17
note

 アルコール類も、少量は元気づけのために持参するし、罐詰類も持ってゆく。ことに最近はインスタント食糧が出まわったので、これを利用するようになった。以前は禁じられていた胡椒類も持ってゆくし、仕とめたウサギの肉でカレーライスも作る。

 藁靴や毛皮靴に代ったのがゴム長だ。最近ではスキー靴や登山靴をはく者もいる。3月末ごろの雪となると、昼の太陽熱で溶けたのが夜の寒気で凍るので、ザラメ雪になっている。朝のうちは歩きよいが、日が出てくると辷(すべ)る。そのうえ、表面は硬そうにみえても内部が溶け崩れてがらんどうになっているところが多いので、用心しないと危い。渓流は雪どけで水量が増している。マタギたちは岸の木を伐り倒して橋として、身軽に対岸に渡ってゆく。

里は春でも、山は雪

 里では花の咲く春であっても、山に入ればまだまだ雪の世界なのだ。滝もほとんど凍りついているし、ひとたび吹雪けば、たちまち樹氷の花が咲く。

ADVERTISEMENT

 樹氷といえば、凍りついた原生林を歩くすばらしさは、冬山や春山を歩いたものでなければわからない。

 子供のころに水晶の宮殿に住んでみたいなどと空想したものだが、樹氷の森、霧氷の林はまさに水晶の森、ダイヤモンドの林である。昨日の吹雪にすっかり凍りついた樹々が青空にくっきりと枝をのばし、それに太陽の輝きが映えて、七彩にきらめくのだ。

 水晶の森を抜け、ぎらぎらと乱反射する雪の尾根を越えて、谷に下る。

 殺生小屋(狩小屋)はたいていそういった渓谷にある。炊事に必要な川水の関係からだ。

 朝日岳の朝日沢にある朝日小屋、白岩岳と阿弥陀岳の中間にある桂小屋など、その代表的なものである。

 小屋のないところでは、野宿となる。小屋といったところで、4本の柱に樹皮がかぶせてある程度の粗末な小屋だから、野宿とほとんど変らないのだが、やはり小屋に落ちつくと野宿とは気分が違う。

 雪の多い厳冬期の野宿だと、雪の中に穴を掘って寝る。私も扇形山の小滝沢の凍りついた滝壺の傍で雪洞に4日ほど野宿したことがあるが、割合に暖かいものである。

 昔のマタギは、雪洞の中に青木の枝を並べて、犬皮をかぶってごろ寝したものだが、近ごろはハイカラになって寝袋などを持参する者もある。