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「ジャニーズは、少年をスターに押し上げるノウハウを持っています。ただ、少年はいつか大人へと脱皮しますから、そこで必ず壁が訪れるんです。ですからプロデューサーは、歌手本人がいま何を考えているか、いつもその本音を知らなくてはいけない。難しいのは、人の本音というものは、質問するのではなく『読み取る』必要があるんですよ」

 これから大活躍が確実視されていた郷ひろみを横取りされた格好のジャニーズ事務所は激怒した。

晩年の酒井さん ©️文藝春秋

メリー喜多川が凄まじい剣幕で「郷のプロデュースから手を引いてよ!」

「郷が移籍して間もない頃でしたか、あるとき赤坂の路上を歩いていたら、1台の高級車がスッと止まり、窓が開いたんです。後部座席から顔を出したのは、メリー喜多川さんでした」

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 言わずと知れたジャニーズ事務所の「女帝」で、ジャニー喜多川氏の実姉としても知られたメリー喜多川氏は、行き交う人々をものともせず、凄まじい剣幕でこうまくしたてた。

「酒井さん!  郷のプロデュースから手を引いてよ!」

 所属事務所を変わっても、郷ひろみのレコード会社はCBS・ソニーである。酒井さんはメリー氏と二人三脚でフォーリーブスを売り出し大成功に導いた、いわば同志であり功労者のはずだったが、そうした経緯もおかまいなしに感情をむき出しにするメリー氏には、何度も困惑させられたという。

「猛女ですね。フォーリーブスの北公次が事務所を辞める際にも、本人の決意を動かせないと知ると、今度は臆面もなく潰しにかかるような、子どもじみた部分がメリーさんにあったのは確かです。田原俊彦にしても、SMAPにしても同じようなことがありましたね。言い方を変えれば、ファミリーである限りはどこまでもタレントを愛する、一本気な性格なんですよ。もう、あんな方は出てこないでしょうね」

ジャニーズとの確執の結果「干された」田原俊彦

 SMAPを国民的グループに育て上げたのはマネージャーの飯島三智氏(現・株式会社CULEN代表)だが、その飯島氏をメリー喜多川氏に紹介し、ジャニーズ事務所入りの橋渡しをしたのも酒井さんだった。SMAPの成功により存在感を強めた飯島氏は、あるときメリー氏の逆鱗に触れ、退社を余儀なくされた。そのことについて、酒井さんはひどく心を痛めていた。