慣れない道を運転中、意図せず狭い路地に入り込み、死角になっていた障害物に――ガリッ。車のボディが削れる音ほど、寝覚めの悪くなる音もそうそうない。
車の傷はオーナーの心の傷。自動車板金の世界にはそんな言葉があるが、愛車を傷つけたときの絶望感は、その後の日々まで憂鬱にしてしまう。
車の傷や凹みは、誰にとっても無縁ではない。筆者は先日、愛車の屋根を洗車している際、脚立から転落し、思い切りドアに脚立の角をぶつけてしまった。
凹んだボディに愕然とし、どうにか時間を巻き戻せないか考えてみるが、当然叶うはずもない。失意の底に沈みながら、「直すのにいくらかかるか」「そもそもうまく直るのか」と、次々に懸念が浮かんでくる。
縋る思いでディーラーに見せると、ドア交換が必要であり、少なくとも10万円、おそらく15万円程度の費用がかかるとのことだった。足を滑らせ15万円。悔やんでも悔やみきれない。
ところが、街の板金工場に持ち込んでみると、3万円から修理可能だという。安すぎて大丈夫だろうか、という不安も当然あったが、板金工場の実情を知りたい思いもあり、取材を兼ねて修繕を依頼した。
ディーラーの見積もりが高い理由
まず疑問なのは、見積もりがディーラーとこれほど違うのはなぜなのか、という点である。ディーラーが作業を外注していたとしても、差額が大きすぎるのではないか。この点について、工場の代表は次のように説明してくれた。
「ディーラーの見積もりが高額になりがちなのは、修理ではなく『交換』を前提に考えるからです。交換の場合、工賃に加えて高額の部品代が必要になりますので、どうしても高くなってしまいます」
たしかに、筆者がディーラーに見積もってもらった際にも、「ドア交換が必要」という話であった。狭い範囲の凹みであるから、その箇所だけ修理すればよさそうなものだが、なぜ交換を軸に考えるのか。
「ディーラーが交換作業を主体に考えるのは、敷地内に板金工場が併設されていないことと関係があります。ディーラーには内製化された工場と、外注の工場がありますが、基本的に店頭には専門の設備がないので、その場で『修理でキレイに直せるか』が正確に判断できないんですね。
ここで万が一、『修理で直る』といって安く見積もりを出し、いざ工場に回したら『修理では無理』ということになれば、金額が跳ね上がってしまいトラブルになります」(同前)
対して、部品をまるごと交換するだけであれば、コストの目処もつきやすい。仕上がりの面でも、基本的に新しい部品を使うため、質を担保しやすいわけである。