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「安全な自分の居場所」の代償として、ミナミにあったクラブへ200万円の日数契約と100万円の支度金で合計300万円の前借り契約を交わしたのでした。なぜ14歳のわたしが契約できたかと聞かれましても、契約書は正式なものでしたし、三文判ではありましたが捺印もしましたし、そういう時代だったからとしか答えようがないです。保証人にはディスコで知り合った理香が同居と引き換えになってくれました。今で言うところのシェアってやつです。こうして借りたのが先述したシャンテール内本町1202号室だったのでした。

 自分だけの安全なスペース、清潔で真新しいお布団についた夜は20時間ほど寝入ってしまいました。しかしここが安息の場所になることはありませんでした。まだ子どもだったこともあったでしょうが、まずホステスという仕事をよく理解していませんでしたし、もし理解していたとしても熱心にはやれなかったと思います。わたしは14歳ではあったけれど、街で噂の女でしたので、ホステスから虐められたりして店に行きたくなくなってしまったのです。とはいえ、契約金を受け取っているわけです。分別のついた大人なら出勤するのでしょうが、わたしは虐めが怖くて嫌になっていました。そうすると店側は出勤しないなら契約違反で金を返せとなります。でも怖くて出勤できない。同居予定だった保証人の理香は、マンションを借りてから一度も姿を見せず、行方不明になってしまいましたので、事実上、わたしが一人で住んでいたのでした。真夜中に、こっそり荷物を取りに行ったら待ち構えていたスタッフに捕まってしまいました。

「飛田か千日通りに送ったらどうや」

 それから3日間はお風呂場やお手洗いにも見張りがついて、完全なる軟禁状態となりました。理香の実家へも連れて行かれましたが、関係ないと家族に門前払いされてしまいました。

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「飛田か千日通りに送ったらどうや」

 わたしはその会話に凍りつきました。実家はミナミのはずれ。目と鼻の先にある千日通りというのが何を指しているのか分かったからなのでした。彼らはわたしをソープに売る話をしているのです。 

 この歳で、そんな苦界に身を沈めるのか

 嫌だ。でもどうしようもない。絶体絶命。

 ふと、父の応接間から持ち出した名刺を思い出し彼らに見せてみました。

「おまえ誰や」

「なんでこいつ、こんな大物の名刺を持ってるねん」

 ヒソヒソ話を始めました。

 わたしが持っていた名刺には金色の菱形のマークに、

「山健組 山本健一」

 と記されていたのでした。わたしが幼少期から山本のおっちゃんと呼んでいた父の友人です。そのたった1枚の名刺が、危機一髪でわたしを救ったのでした。

 山本のおっちゃんは14歳の幼気なわたしを救いました。ヤクザもこんな時は役に立つのだなあという感想を持ったのを忘れません。