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おいしいネズミの干物を日本で再現するなら。干物入門――上級編

ただ干すから一歩前進。『干したから…』森枝卓士が見た干物のすごい世界

2017/11/21
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野を走る尻尾のかわいいうまいヤツ

 さて、問題です。

 これ、何でしょう?

ラオス、ヴィエンチャン郊外の市場。干したネズミの開きは、普通に売られている。©森枝卓士

 ヒントはキュートな尻尾。分かるでしょ?

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 まあ、家の屋根裏あたりを駆け回ったりしている奴とは違い、竹林などにいるらしいです。そのためか、バンブーラットと呼ばれます。この他、田圃にいる奴も食用になるようで、開高健さんのベトナムものの中に登場したりしますね。文豪が兵士に分けてもらって食べた話とか。

 で、この写真はラオスの首都、ヴィエンチャン郊外の市場で買い求め、焼いたもの。ネズミの開きとでも呼びましょうか? 鶏なんかに近い味わいですが、けっこうしっかりとした滋味です。ビールが進むような。

 ラオスという国は料理のバリエーションは近隣のタイやベトナムあたりと比べると、あまり多いとは言えないのですけど、いくつかの傑作料理があります。タイではソムタムと呼ぶパパイヤのサラダ、タムマクフンとか、挽肉のスパイシーな和え物、ラープとか。

 それと、ピン・カイ、カイ・ヤーンと呼ばれる鶏を開きにして焼いたものが、わたしは三大美味だと思うのですが、この焼き物、鶏だけでなく、豚やら牛やら、そして、ネズミやらジビエ系のあれこれも同じように焼くというわけなのです。さらに、単純に竹で開いた状態にするだけでなく、少し干してから焼くというわけなのです。

​スペインの生ハム、ハモン・セラーノ。塩漬けして干すという作りは、イタリアも同じ。肉の干物……。©森枝卓士

 なるほどと思い、我が家でも試してみました。さすがに食用のネズミは手に入らないので、鶏肉で。乾燥していて天気の良い日だったら、大丈夫かと思ったのですけど、うーん、猫やらカラスやらどうかなあ……。悩んだところで名案が浮かびました。

 ピチットシート。

 ご存じでしょうか。食品用脱水シートです。

「ピチット」に食品を接触させると、目に見えない穴の開いた半透膜フィルムから、食品の水分と分子が小さい生臭み成分が、浸透圧によって濃度の濃い食用糖類(=水あめ)に吸収されます。

 しかし、水の分子に比べて旨み成分の分子は大きいので、半透膜フィルムの穴を通ることができません。

 つまり、食品の水分だけが吸収され、旨みは残るので、「ピチット」を使うことによって食品の旨みが凝縮されるのです。

ピチットを使い、ふつうの鶏肉をラオスの干物風に。©森枝卓士

 と、そのHPには説明が。要するに太陽やら風の力で「干す」ことを冷蔵庫の中でやってくれるというわけなのです。魚にしろ、肉にしろ、このシートに包んで冷蔵庫に入れておくと、うまい具合に「干物」になります。まあ、基本は一夜干し状態ですけど、如何様にも工夫可。一、二日程度なら、安いブロイラーが地鶏の味わい、もっと長く入れておいたら、それこそ干物のような状態に。

 たとえばアジのミリン干しのように、ミリンと醤油の下味をつけ、ゴマなどふってから干す(あるいはピチット)というのもありですし、ラオスのそれがそうなのですけど、ナムプラや唐辛子などの下味をつけて、というのもありです。様々な工夫ができます。

タイの市場で干物を作っているところ。©森枝卓士