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“熟成”は肉から魚の時代にーーエイジングフィッシュの楽しみ方

“熟成”は肉から魚の時代にーーエイジングフィッシュの楽しみ方

グルメ「今年の流行」を徹底解剖 #2

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――昨年は焼きそば、熟成肉、予約の取れない店が人気ワードだったグルメ界。今年の流行はなにかを「芸能界のグルメ王」渡部建さんと、「タベアルキスト」マッキー牧元さん、「偏愛系フードライター」小石原はるかさんに徹底的に語ってもらいました。

渡部 熟成肉はもうずいぶん一般的になりましたけど、最近は熟成魚(エイジングフィッシュ)が熱くなってきましたよね。僕はテレビで一昨年「2015年は熟成魚元年になるんじゃないか」と話したんですが、昨年はかなりお店が出来ました。

右からマッキー牧元さん、小石原はるかさん、渡部建さん

渡部建 1972年9月23日 東京生まれ。1993年、高校の同級生であった児嶋一哉とお笑いコンビ“アンジャッシュ”を結成。フジテレビ「FNS歌謡祭」のMC、J-WAVE「GOLDRUSH」のナビゲーターを務めるなど、テレビ、ラジオで幅広く活躍。日々の食べ歩きを綴ったブログ“わたべ歩き”も大好評で、年間約500軒飲食店をを巡り、日本全国、時には世界各国を食べ歩いている。

マッキー牧元 1955年東京生まれ。(株)味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、全国を飲み食べ歩く。雑誌連載のほか、料理開発なども行う。著書に『東京 食のお作法』文芸春秋刊、『間違いだらけの鍋奉行』講談社刊、『ポテサラ酒場』辰巳出版(監修)ほか。

小石原はるか 1972年東京生まれ。一度ハマると歯止めの利かないマニアックな気質と頑強な胃袋で、これまでにスターバックス、さぬきうどん、料理人、ホルモン、発酵食品などにどっぷりとハマってきた、人呼んで"偏愛系ライター"。著書に『レストランをめぐる冒険』(小学館)、『東京最高のレストラン2017』(共著・ぴあ)、『自分史上最多ごはん』(マガジンハウス)など。

牧元 魚の熟成って、西麻布の「江戸前鮓 すし通」とか用賀の「すし 喜邑」あたりがはじめて有名になったんだよね。いまはいろんなところがやり始めているわけだけど、もともと魚は昆布締めなど、寝かせて食べる技術はあった。でも、熟成はその何倍もの時間をかけて行うものだから扱いが難しいんだよね。広まったって言っても、技術的に難しいから肉ほどはまだ広がってないよね。技術的な問題以外にも、魚の熟成は可食部以外をトリミングしなければならないから、金もかかるしね。

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小石原 熟成はタイミングを見誤れば腐敗になりますから、そのあたりの見極めが危ない寿司屋もありますよね。

熟成寿司の二子玉川「喜邑」

牧元 すごい料理人は繊細なところまで考えているんだけどね。先日、札幌「鮨ノ蔵」のご主人と「リストランテ薫」のシェフと会って話を聞いたんだけど、肉や魚を何かの上に置くと、その接地した部分に圧力がかかり、そこから腐敗が始まる。それを防ぐために密封して塩水に浮かべて熟成させるって言うんだよ。

渡部 なるほど、それなら重力がかからないですよね。すごいなあ。

牧元 トリミングを避けるためには、何度もトライ&エラーを繰り返す必要があるから、本当なら誰でもできるもんじゃないんだけどね。

渡部 熟成をどこで止めるかっていうさじ加減も難しいですよね。好みもあるし。魚に関して僕は今年、バーガーとサンドイッチが来るんじゃないかと思っているんです。いま話題の中目黒のフィッシュバーガー専門店「deli fu cious」や、代々木八幡のブーランジェリ「15℃ (ジュウゴド)」 でもタコのフリットやイワシを使ったサンドイッチを出していて、つなぎのソースとか野菜もすごくおいしい。これだけ「deli fu cious」が人気だと、魚バーガーが広がるんじゃないかな。一見、簡単そうに見えるだけに(笑)。

小石原 「deli fu cious」って、銀座の高級寿司屋「青空」で修業した方がやっているんですよね。

渡部 そうです。その彼と中目黒で炉端居酒屋をやっていた2人で、昆布〆や西京焼き、カニクリームコロッケなど、いろんな味にチャレンジしているところだから、これからかなり面白そうだと思います。

牧元 僕は、雑魚とか深海魚とか、あまり値がつかないような魚を上手く使ってくれるような店が増えるといいと思っているんだよね。

小石原 ポルトガル料理店「クリスチアノ」の3号店、代々木八幡の「マル・デ・クリスチアノ」なんかは魚を上手に使っていますよね。全国の漁港とやりとりをして、流通に乗らないような、けれど味はおいしい無名の魚介類を仕入れて、工夫してポルトガル料理に仕上げています。

牧元 このあいだ、大手町の「星のや東京」に行ったんだけど、メインダイニングを任されているのはフランス料理のコンテスト「ボキューズ・ドール」で魚部門の世界一になった浜田統之さんなんだよね。で、彼が作る料理が面白くて、知られていない魚をうまく日本旅館の料理に仕上げている。銀座の割烹「智映」の北山智映さんも同じようなことを考えているし、そう思っている人は実はいっぱいいますよね。

 たとえば錦糸町の「鮨 なかがわ」は大好きな店なんだけど、なぜかっていうと、コハダがいいんだよね。あれってシンコ、コハダ、 ナカズミ、コノシロと出世していくんだけど、あの魚は小さいほうが価値があって、ナカズミまで成長しちゃうとほとんど値がつかない。でも中川さんは、そのはナカズミを上手に酢で締めて出してくれるんだよね。イワシも肝を塩辛にして身と和えたり、自家製タラコを作ったりとか、いわゆる安い魚を工夫して出してくれるのがいい。

大手町の日本旅館「星のや東京」のメインダイニング

渡部 地方にも積極的に無名の魚を使っている店はありますよね。静岡の「てんぷら成生」とか、札幌のフレンチ「五十嵐」とか。

牧元 そのいっぽうで、今、寿司屋に行くと、だいたい、つまみが蒸し鮑とかノドグロの焼いたのとか出てくるでしょ。「またノドグロかっ!」って(笑)。どこも似たり寄ったりなんだよね。もっと考えてほしいなあ、と思うんだよね。

小石原 高級な店っていうのはその季節の高いものを出そうと思うから、どうしても似てきちゃうんですよね。

牧元 そうなると寿司屋なんて、酢飯が違うくらいで個性がなくなっちゃう。だから僕は寿司屋は、大将との相性で選ぶことが多いな。食べたいと思ったときに、すぐに行ける店がいい。四谷「すし秀」や銀座「鮨からく」、池尻「金多楼」、東長崎「松野寿司」、中井の「中井玉寿司」、東日本橋「鮨 一條」とか。またこの話とは別に「すきやばし次郎」は、その完成度の高さとエレガントさに惚れていますが。

小石原 お寿司は特に大将とソリが合うか合わないかは大きいですね。高級店になりますが、銀座の「鮨 鈴木」の鈴木孝尚さんはお仕事ぶりは実にビシっとしつつ温かみのあるお人柄で、いいなあと思います。

牧元 「喜邑」や四谷の「三谷」みたいに特色のある高級寿司は別として、もっと庶民的で美味しい寿司屋が増えるともっとおもしろくなると思うんだよね。

銀座「鮨 鈴木」のおつまみ

渡部 寿司に関して言うと、なんというか、よくわかんなくなってきちゃって(笑)。高騰化もそうだけど、話題の店は予約がとれないですもんね。だから運良く予約とれたら、次回の分も予約して帰る、という店が増えましたよね。

小石原 そう。そのとき行きたいかどうかは別にして、とにかくとっておかなきゃという気持ちが先走ってしまう。ミシュラン三つ星の六本木「鮨さいとう」は実質的に新規客は予約が取れないし、新橋の3席しかない「すし処 まつ」もオリンピック以前にはいけない。

牧元 話題が先行しちゃっているんだよね。「三谷」だって2年待ちだし。

渡部 それに、さっきの牧元さんのお話にもありましたけど、最近の寿司屋はどこもよく似ているじゃないですか。だから、熟成技術がすごい「鮨ノ蔵 」や醤油を使わない「天寿し」、寿司にブルーベリーを乗せて出してくるフォトジェニックな創作寿司の仙台「弘寿司」みたいに毎回新しい発見があって行きたいという気になるんですが、頑張って予約を取ろう! という気持ちになりにくい店が多くなっています。

小石原 それ、とてもよくわかります。

渡部 全体的にいって、高い店は増えているんだけど、特に鮨と日本料理は高くなりすぎている傾向にあるような気がします。「3万円で収まった」っていう言い方しますもんね(笑)。鮨屋で5万円払ったこともありますよ。ただ、食材も高騰していますから、その辺はむずかしいところですよね。

小石原 中華でも新しい店は3万円超えが増えてきましたよね。岐阜からやってきた銀座の中華「フルタ」も最低3万円ですもんね。景気は必ずしもよくないのに高い店は確実に増えている。

牧元 でも、これから高い店はもっと流行ると思うよ。東京はお金持ちがいっぱいいるから。ニューヨークの5~6万円する寿司屋や、コース300ドルのハワイ「すし匠」が予約がとれないくらい流行っている。高いってだけで人が集まる要素はあると思う。

 寿司だけでなく、最近は最低料金が高い中国料理店も増えたけど、個人的には中華なら、銀座の「赤坂璃宮」とか「趙楊」へ行って、2万円で料理をお願いしたほうが遥かにすごいものが出てくると思うよ。だって料理にも仕入れにも、極めて高い技術を持っているわけでしょ。

銀座の四川料理店「趙楊」。

小石原 恵比寿のウェスティンホテルにある中華「龍天門」もそうですよね。

牧元 なんか、高けりゃ安心だろって、昔のブランドバッグみたいな風潮が出てきているような気がする。

渡部 地方からもわざわざ東京まで食べにだけ来ますから、その数は計り知れないですよ。彼らも予算は気にしないし。特に30代から40代前半の若い人に多い。

牧元 IT系の実業家たちなのかな。彼らが食に興味を持ち始めたんだよね。

小石原 そういう人たちってお店の人と仲良くなるのも上手いんですよね。

牧元 店側にも若い人多いから、話しやすいんだろうね。こないだも銀座の「鮨 あらい」で、30代半ばの男性が彼女らしき人と来て、なにも気にせずに飲み食いしてる。それで帰るときに「じゃまた来週!」って(笑)。「ええっ、この人毎週来てるの? ここって2人で6万だぞっ!」って思ったよ。昔はそんな人いなかったもん。

小石原 かつての銀座の一流店の鮨屋にはなかった光景ですよね。いくらお金は持っていても、若造はそういう店にはまだ行っちゃいけない雰囲気がありましたよね。

牧元 そう、カウンターに座るのだって遠慮していたからね。

小石原 今は開店前から職人の経歴や値段の情報が広まって、それを客みんなで応援するというスタイルが増えています。SNSが広まってきてからのことでしょうね。二番手の人が独立する前からお客さんに認識されていたり、あと、これは鮨に限りませんが、クラウドファンディングで開店資金を集めるお店が増えたことも無関係ではないなと思います。

牧元 SNSの存在は大きい。だって、昔は高い店に行っても自慢する場がなかったからね(笑)。

渡部 でも、それって若い料理人からすれば、いいことではありますよね。みんなが開店前から応援してくれて、見込み客もある程度、わかるわけだし。

牧元 いずれにせよ、この数年、寿司の予約はますます取れにくくなるだろうなあ。

構成=永浜敬子(フリーライター)

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