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「妻です。」「娘です。」のタスキをかけて練り歩く

 映画の後半になると、小川の娘二人が選挙を手伝うようになる。作品の前半ではまだ幼く、泣いていた子供たちがすっかり大きくなっているのだ。そして2017年の衆院選初日、小川を先頭にして「妻です」。「娘です。」とプリントしたタスキをかけた家族が続く隊列で自転車に乗って、市街を駆けめぐる。あるいはノボリをもった娘を引き連れて、小川が商店街を歩いて回る。 

 この練り歩きを選挙用語で「桃太郎」と呼ぶ。国政選挙、地方選挙ともに主に新人候補の知名度向上によく用いられる手法(三浦)で、最後の盛り上げに効果的(鈴木)だという。もっとも映画での小川は、6度目の選挙で、しかも初日からそれを行うのである。

 こうやって、対立候補、すなわち地元新聞社の経営者一族である平井卓也と対峙するのだ。小川にしてみれば「桃太郎」は、「地元のメディア王一族vs小さな家族」の構図を演出するための選挙戦術なのだろう(同時にそれは家父長制的な家族観の体現に見えもする)。

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「世襲」を生み出す「選挙好きのおじさん」たち

 家族と同様に『なぜ君』で印象的なのが、後援会の支援者たちが黙々とチラシを折り込んだりする姿だ。選挙期間中かどうかにかかわらず、大勢のひとたちが事務所に集まっては、小川のために自分の時間を捧げているのである。

 この後援会こそ選挙の基本だと、鈴木は明言する。とはいえ会社ではないので、あれをしろ、これをしろと強要などしても人が離れていくだけだ。だから、まずは支援者に「ポスター5枚を貼って来てください」などと、小さな目標を与えて達成感を抱いてもらう。

 それを繰り返すうち、選挙運動は面白いと思うようなる。そうやって票を稼ぐ喜びを知った人が増えていくと、後援会の雰囲気が変わっていくという。いわば、やりがいによるマネジメントである。

 このようにして知人に誘われたり、興味本位で手伝いに来たりした人たちを選挙好きに変えながら、組織が作り上げられていく。

「選挙に強いという候補者は一人もいません。強いのは後援会が強いからです」とは野田聖子の言葉である。リップサービスもあろうが、選挙の実相を表す言葉でもあろう。そんな野田は「選挙好きのおじさんたちの言うなりに運動をはじめました」(注2)と述べている。「選挙好きのおじさん」とは後援会のこと。衆院議員だった祖父の後援会に担がれて県議会議員選挙に出たのが政治家になるきっかけであった。