小さな冒険がしたい。そんな誘惑に駆られたことはないですか。都会を離れ、知らない土地を歩いてみたいというささやかな夢。
人を裁くことに疲れた真野日出子(片桐はいり)は裁判官を辞め、憧れの南の島へ。でも飛行機恐怖症だから、船に乗れば何時間かで行ける伊豆の大島へ。
都心から一二〇キロ。コンビニも大手スーパーもない。客船を降りる客は少なく、島は予想以上に寂れて見える。たまたま知り合った島の娘、小宮山渚(工藤綾乃)は静かに語る。
「ここは放置された東京。あるのは火山、海、ゆっくりと流れる時間」
渚は二十五歳。祖父から受け継いだ「風待屋(かぜまちや)」という居酒屋と、くさや工場を一人で営んでいる。渚は無口で余計なことは喋らない。感じの悪い客が来ると、黙って睨む。正義感の強い日出子は質(たち)の悪い客には、とことん説教する。
そんな二人がなぜか気が合って、渚から「ここにいれば」と言われ、日出子は店のバイトに。女同士、ベタベタはしない、さっぱりした相棒の誕生だ。
寂れた島といっても、訳ありの客も来れば、こじらせた男や女も来る。前田敦子が純白のウェディングドレスを着て、一人で島に降りたった回は仰天した。マッチング・アプリで知り合った男に結婚詐欺で騙されて、喚き散らす姿は、さすが敦ちゃん、絵になる。
懲役十五年の刑期を終えた元・組長(竹中直人)もケジメをつけにきた。法廷でも粗暴の限りをつくした男を、日出子が優しく諭した。その礼を言いに来たのだ。トコブシのバター炒めにアシタバの天ぷら。
そして最後に、くさやが登場する。「臭ッ」と逃げる客に片桐が無理やり口へ入れると、「臭ッ……でも旨い」となる。一件落着。
名言があったんだ。臭い臭いといって逃げる元・組長に片桐がピシャリ。「臭いものに蓋をする社会でしぶとく生き残っているアンタとそっくりでしょ!」
いいねえ。このドラマ、今年五十八歳の片桐の、初主演連続ドラマだ。個性派とか名脇役といわれて久しい彼女は、銀粉蝶が夫と結成した「ブリキの自発団」に属していた。銀粉蝶、格好よくて知的。“最後のアングラ女優”と呼ばれた。そのアングラのDNAが片桐には流れている。ただの個性派じゃないんだ。
くさや役者なの。臭いけど、旨い。共演した工藤も光った。いつもTシャツに短パン。長い脚が絵になるんだ。愛想笑いなんかしない表情と目の力に清涼感が漂う。国民的美少女コンテスト受賞者だが、ただのアイドル女優じゃない。
都心から、なまじ近いだけに忘れられた大島だが、コンビニの一軒もない、短パン姿の笑顔など見せない子が、すっくと歩く今の風景のままがいいのかな。
INFORMATION
『東京放置食堂』
テレビ東京系 水 25:00~
https://www.tv-tokyo.co.jp/houchishokudo/