安藤 確かに、読んでいてコロナのことは一切思い浮かばなかったです。
松尾 自分自身、意識せずに書いていたと思います。でも一方で、コロナ禍だから書けたとも言えるんですよね。舞台の仕事がストップして予定がガバッと空いた時期があったから。これは小説を書かない手はないぞ、って。
酔ってセリフは入るか?
安藤 松尾さんは、さすがに飲みながら仕事したりはしませんか。
松尾 仕事中は飲んでない……と思う。書き物仕事の時も飲んだら書けないから飲まないけど、あ、でも日記の連載とかは飲みながら書いてたな。でも、小説は無理。クリエイティブな仕事の時は飲めませんね。昔、金原ひとみさんと対談したとき、飲みながらでも書けると言っていて、「すげえな」と思った記憶があります。
安藤 私も飲みながらお芝居を……。
松尾 エッ、あなた、飲みながら芝居やったことあるの?
安藤 演出家に、やれって言われて、やりました。演出家は「面白かった、面白かった」って言うんだけど、誰一人その日やったことを覚えてないから、次の日、同じことができないという。20代の頃のことだから許してくださいとしか言えない。でもまあ無理なんで、みんなその一回きりでやめました。
酔うことの面白さ
松尾 だって、セリフ覚えられないでしょ。俺はいつも自分のセリフに対して不安があるから、舞台やっている時は、家でも酒飲みながら台本めくったりするんですけど、その時間って、まあ何にもならないからな。でも、酔った状態でどれくらいセリフが出てくるか、みたいな実験でもあって。
安藤 酔った状態でも出てくるくらいセリフが入ってたらオーケー、ということ?
松尾 そうそう、安心のためね。だから、セリフの長い役が来ると、飲んでトイレの中で延々セリフを繰り出していることがある。便器に座って、ずーっとブツブツ言ってるの。それで出られなくなっちゃって、カミさんに心配されたりして。
安藤 でも、『矢印』を読みながら、松尾さんもここまで書いてしまったら、もう今後の人生飲まなくていいんじゃないかと思いましたよ。作品の中でこれだけ酔ってられるんだから。なんなら、この小説を読み返せば酔えるんじゃないか、ってくらい。
松尾 知り合いに一滴も飲めない編集者がいるんですけど、その人から「これが酔うということなのかと、ようやく分かった気がしました」と感想をもらいました。
安藤 酔うことの面白さもそうだし、アルコールで肉体的にだんだんキツくなってくる感じとか、頭がおかしくなっていく感じとか、いろいろなグラデーションが全部書かれていましたね。あとは、「どうしても飲みたい!」という人の、お酒を飲む理由みたいなものもたくさん。とにかく、お酒に対する想いがすごい。