昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

松尾スズキ「酒への遺書のつもりで書いた新作小説です」 俳優・安藤玉恵と語り尽くす“酒聖”たちの記憶

『文學界』2021年12月号より

2021/11/06

 人間の深淵を覗きこむ松尾さんの小説『矢印』が刊行。読書家としても知られるアンタマこと俳優の安藤玉恵さんが、「松尾さんの頭の中を覗いてみよう」との意気込みでのぞんだ「文學界」掲載対談の冒頭部分をお届けします。(構成:辻本力)

◆ ◆ ◆

酒への愛憎

松尾 今度の小説『矢印』は、ぜひアンタマに読んでほしいと思っていたんだよ。

安藤 この小説は、放送作家の見習いで、クイズ番組のクイズを考える仕事をしている主人公「俺」が、妻と共にアルコールに飲み込まれていく物語ですが、読んでまず思ったのが、この人、『命、ギガ長ス』(松尾氏がプロデュース・演出・出演した安藤氏との二人芝居。2022年3月〜4月にキャストを一部入れ替えて再演予定  )のオサムさんみたいだなってことで。あの芝居には、飲んでいる姿がオーロラに見える、みたいな、飲む行為を美しく描写するシーンがたくさんあったじゃないですか。この小説にも、妻が飲んだくれている姿に主人公が美を見出す場面があったりして、共通するものを感じました。

矢印』(松尾スズキ著)

松尾 なるほど、確かに。この小説は内容がヘヴィだし、誰にでも勧められる作品ではないけど、読書家のアンタマならきっと大丈夫だろう、って。

安藤 すごく面白く読ませていただきました。今日は聞きたいことがいっぱいあるんですよ。まず、私の仮説からいいですか?

松尾 仮説? 怖いな(笑)。

浴びるほど飲んでいた酒へのノスタルジー

安藤 松尾さんがなぜこの小説を書こうと思ったのかを考えたんです。演劇の世界には飲む人も多くて、お酒はポピュラーな存在だったじゃないですか。でも最近、私のまわりでバカみたいに飲む人が極端に減っている気がして。自分でも酔っ払うことが恥ずかしくなってきちゃったところがある。私より年上の松尾さんは、そうした変化をもっと強く感じているんじゃないかな、って。それが悲しくて、お酒に対するある種のノスタルジーが本作を書かせたんじゃないか、と想像したんです。

松尾 青春時代に浴びるほど飲んでいた酒へのノスタルジーは入っていますね。主人公は笹塚のアパートで飲んだくれているけど、俺もかつてそうだったし。

安藤 アルコール依存症の話ではあるけど、お酒に対する愛情をここまで表現できる人がいるのか! という感動がありました。

松尾 まあ、愛憎だよね。酒で死んでいった仲間も何人かいるから、手放しに愛とも言えない。ああ、こんな早く逝っちゃうんだ……みたいな。実際この小説には、モデルっぽい存在の人も何人かいて。俺らが劇団を旗揚げした頃よく見に来てくれて、アドバイスや仕事をくれた放送作家の方がいたんです。番組に出させてもらったり、すごく世話になっていた。でも、40代前半ぐらいで酒で死んでしまったんですよね。酒が原因の癌だったのかな。その人に対して、十分弔えなかったという罪悪感がどこかにあって。