1ページ目から読む
3/5ページ目

向けられた刃のような視線

 それから樹木さんは、私の着ていた小紋の着物をじーっと眺め、

「ほんとは私、今度の映画では自前の着物を着ようと思っていたのよ。でも、私の着物は、みんなちょっと外連があるのよね」

 外連とは、歌舞伎など演劇の言葉で、観客の目を驚かす演出のことだ。私は、以前雑誌のグラビアで見た映画賞の授賞式での樹木さんの衣装を思い出した。それは、大向こうを驚かす、奇抜な着物だった。あれは、樹木さんしか着こなせない……。

ADVERTISEMENT

©文藝春秋

 けれど、茶人の着物として好まれるのは、派手過ぎず、地味過ぎず、奇をてらわない、オーソドックスなものだ。お茶会のたびに、数えきれないほどの着物姿を見てきたけれど、「色無地の一つ紋に、格の高い袋帯」これが、茶人の礼装のスタンダードである。

 樹木さんは、どうするつもりだろう……。

「先生、お点前見せてください」

 樹木さんは、サラッと言った。

「……はい」

 大女優の前で、お薄点前をすることになった。水屋に入って支度をし、茶道口を開け、一礼して顔を上げた瞬間、樹木さんの刃のような視線にギクリとして、身が締まった。点前を見ながら、樹木さんは手帳に猛烈な勢いで何か書き飛ばしていく。

 煮えの付いた釜が「しー」と鳴っている。その静かな「松風」と、茶筅を振るシャシャシャという音の向こうに、激しく鉛筆を走らせる音と、勢いよく手帳のページをめくる音が聞こえていた。