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きっぱりと「諦める心」

 樹木さんは、どうやらお抹茶の味が好きではないらしい。目の前に置かれた薄茶を、「私はいらないから、どうぞ」と、隣に譲った。

 そして、今度は、

「ねえ、濃茶ってどんなの? 見せて」

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 樹木さんは、またサラリと言った。

「はい」

 私は、再び水屋に入って支度をし、濃茶の点前にかかった。

 同じ抹茶でも、濃茶と薄茶は種類が違う。濃茶は文字通り、濃く練るもので、味に深みとコクがある。茶入れは陶器で、仕覆という袋を着せて大切に扱う。だから、薄茶に比べてお点前が複雑で、使う抹茶の分量も多い。

©文藝春秋

「えっ! そんなにお茶入れるの?」

 と、樹木さんは目を丸くした。

「今、死ぬほど入れたわよね……」

 よく練って、とろりとした濃茶を差し出すと、樹木さんは沼でも見るように気味悪そうに覗き込んで、

「これ、飲めるの?」

 と、顔をしかめ、「私は結構」と、また隣に譲った。

 樹木さんは吉村プロデューサーに言った。

「あなた、えらいもんに手え出したわねぇ。これは大変。私、えらいもん引き受けちゃったわ~」

 そして、きっぱりと宣言した。

「お茶の心を理解するところから役を作ることは諦めました。演技としてお点前を覚えます。稽古はしません。直前に集中して覚えます。そうしないと忘れちゃうから」