体を引きずるようにして楽屋入り
「行きたくないんじゃない。行けないんです」
当時は志加吾、今は名古屋で登龍亭獅篭として活動してる弟弟子が、根津の師匠の家に迎えに行ったら横になってグッタリして、そうつぶやいてたそうです。
朝の6時すぎまで呑んでたんだとか。そりゃそうですよね。
でも、それでも何とか体を引きずるようにして楽屋入りした師匠。そしたら、無理だろうと思っていたたけしさんが楽屋に来ていました。
「あ、どうも師匠。何か呼ばれたので来ました」
国立演芸場の畳敷きの楽屋、テーブルを前に隅っこで座布団に座り、照れくさそうに頭の後ろに手をやって、そしてクビをコキンと肩にやりながらたけしさんは言ってました。バイク事故のケガがまだ癒えず、右目にはガーゼをつけてたのもおぼえてます。
そしたら師匠、嬉しかったんでしょうね。ニコニコニコニコ~ッとして、たけしさんの前に座りました。
勘三郎、たけし、高田が揃って詫びの口上
「師匠、オイラ、何すりゃいいんですか」
たけしさんは聞きました。そしたら師匠は簡潔に答えました。
「謝ってくれりゃいいんだよ、客に」
「何を謝るんすか」
「師匠が二日酔いで落語が出来ませんって、皆んなで謝ってくれ」
「それ師匠が悪いんですよね」
「弟子なんだからいいだろ」
「しょうがねぇオヤジだなぁー」
今度はたけしさんも笑いました。師匠が自分に甘えてきたのが嬉しかったのかもしれません。そしてその謝る時が来ました。
まるで披露口上のように師匠を上手にして勘三郎さん、たけしさん、高田先生と並び、そして勘三郎さんが深々と頭を下げて詫びの口上です。
「この度は私、中村勘九郎が談志師匠を呑ませ過ぎまして、師匠は今日は落語が出来ません。お客さまにはご迷惑をおかけして大変にすみませんでした」
本当は勘三郎さんが悪いわけでも何でもないんですよ。師匠が勘三郎さんと呑むって押しかけちゃったんですから。でも天下の中村屋が師匠の代わりに謝る。そしてそこにはたけしさんも高田先生もいる。
師匠はこの五夜をやるにあたり、どっかでそうしたことを狙ってたんじゃないかと今は思っています。演出家ですから。
そしてお約束のたけしさんと高田先生のボヤキ。でもそこが役どころですからね。
「何でオイラが謝んなきゃなんないんだよ」
「タケちゃん、シーッシーッ、師匠そこにいるから」
名コンビの絶妙な茶々に客席は大爆笑です。
それを師匠は横で誇らしげに見ながら、客席にこう言ってるような気がしました。
「どうでぇ!」
そうして四夜が終わり、翌日で『談志五夜』は終わったのです。