「やるから見ててよ」
撮影当日、現場では着々と準備が行われていた。
床の間には、初釜の席に掛けられる「春入千林處々花」の軸と、白木の三方に載せられた小さな金の米俵が三俵。そして、床柱には青竹の花入れが掛けられて、そこに紅白の椿の蕾と、結び柳のたわわな枝が入るのを待っていた。
初釜に参加する生徒役の女優陣も、華やかな着物姿でスタンバイしていた。
台所では、小道具の今村昌平さんが黙々と初釜のもてなし料理を作っていた。お盆の上には、黒い縁高とお椀が並び、手前には両細の箸と朱塗りの盃が置かれている。今村さんが、お椀の蓋を開けて見せてくれた。お椀の中味は映らないのに、ちゃんと京風の白味噌仕立ての鴨雑煮である。漆塗りの縁高の中にはくわい、菊花かぶ、ごまめ、黒豆と長老喜などが盛りつけられ、黒豆には丁寧に松葉が刺してある。
「そこ、通りまーす!」
外から細長いパイプのような機材が次々に運び込まれてきた。ガチャン、ガチャンと連結されて、畳の上に長いレールが敷かれた。そのレールの上に、カメラが設置された時、心が躍った。颯爽と町を歩く女優を、レールに載せたカメラが移動しながら撮る撮影風景をテレビで見たことがある。このカメラは、畳の低い位置をゆっくり移動しながら、初釜のお点前を撮影するのだ。これもまた、カッコいい……。
いよいよこれから濃茶点前の撮影が始まる。
その時、樹木さんが控え室から小走りに出てきて、「ちょっと」と、私の手を引っぱり、及台子の前に連れていかれた。
「やるから見ててよ」
「わかりました」
本番直前のおさらいである。
「火箸は、もう少し下を通りましょう」
などと、小さな注意を一つ、二つ。あとは完璧だった。
数あるお点前のシーンの中の大一番が始まる……。
生徒役の女優たちも席について、準備はすべて整った。
監督の「よーい……」の声に、まわりは風のない湖面のように静まった。
「スタート!」の声が、芝居の柝の音のように聞こえた。
モニター前に集まったスタッフたちは、身じろぎもしなかった。私は両手をギューッと強く握りしめたまま、頭の中で樹木さんと一緒にお点前をしていた。
カメラは、居並ぶ着物姿の生徒たちの後ろをゆっくりと移動しながら、樹木さんのお点前を撮っていく。