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カメラが回り始めた。私は無言で手首をぐるぐる回し続けた。樹木さんが時々顔を上げ、私を見て、(まだなの?)と、目で訊いてくる。
私は(まだです)と、首を横に振り、手首を回し続けた。
(え、まだなの?)と、びっくりしたような目の樹木さん。
(まだです)と、私。
やがて、大森監督も(えー? まだなんですか?)と、私に驚きの目を向ける。
(まだです)
一度、手を下ろして、少し湯を足すサインを出した後、私はまた手首をぐるぐる回した。
樹木さんと監督が、代わる代わる、目で訊いてくる。
(まだなの?)
(まだです)
(まだですか?)
(まだです)
やがて、モニターに映るお茶の深緑に、トロリとした艶が出てきた。私はそっと手を下ろした。
「カーット!」
と、監督の声がした。
「OKですか?」
「OKです」
その途端、樹木さんは、後ろにお尻をついてへたり込んだ。
「あ~、大変だった。もうくたくたよお」
そう言って、やっと立ち上がると、
「終わったら、脱ぎ捨てるようにぜ~んぶ忘れるの。もうなんにも覚えてないわ」
と笑いながら控え室に引き上げて行った。
【前編を読む】「稽古はしません」「直前に集中して覚えます」茶道の先生を演じる樹木希林が“心からのお茶への理解”を諦めた“納得の理由”