「また増田くんにやられた」

 そう呟き、悲しみに打ちひしがれながら帰路についたのは2月の寒い日だった。

 この日の対局は第34期竜王戦3組ランキング戦2回戦で、勝てば準決勝に進出して決勝トーナメント入りが近づき、昇級まであと1勝となる一番だった。

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 増田康宏六段には、前期の竜王戦でも負かされて昇級への道を絶たれており、この年度だけで3戦3敗と散々な目に遭った。

 この1年はとにかく若手に勝てなかった。前週には、順位戦で新四段(石川優太四段)に負けて昇級争いから脱落していた。

 筆者の立ち位置からして、若手に勝てなければ上には行けない。上に行けなければ、下に行くよりなくなる。だからこそ若手に勝ちたいのだ。

遠山雄亮六段 ©文藝春秋

負けると「裏街道」、初戦で降級をかけて戦うことに

 ここで、タイトル戦の序列1位である竜王戦の仕組みを簡単に紹介しよう。

 1~6組に分かれてトーナメント戦を行い、各組の優勝者と1組5位までと2組2位が決勝トーナメントを戦って挑戦権を争う。

 2~6組では優勝・準優勝・3位2名の計4名が昇級する。昇級にはそれぞれの組によって必要な勝数が異なる。筆者の所属する3組では、3連勝か4勝1敗が必要となる。

 下位4名は降級となる。1~3組は2連敗、4・5組は3連敗で降級だ。

 昇級しやすく降級しやすいため、その時々の調子によって組が上下しやすい。

 ランキング戦の1回戦が天国と地獄をわける。勝てば決勝トーナメントや昇級など上だけを見ればいいが、負けると「裏街道」と呼ばれる昇級者決定戦にまわり、1~3組ではその初戦で降級をかけて戦うことになる。

今期の竜王戦七番勝負は、2組優勝を果たした藤井聡太三冠が決勝トーナメントを勝ち進み、豊島将之竜王に挑戦している(写真提供:日本将棋連盟)

決勝で待ち受ける相手を知って目標が決まった

 筆者はこの期の竜王戦、3組3期目にして初めてランキング戦の1回戦に勝利した。いままでの2期はいずれも1回戦で敗退し、裏街道の1回戦で勝って辛くも降級を逃れていた。

 どこの組に属しているかが棋士のランクに直結する。筆者の棋士人生の目標は最高位である1組に所属することで、すなわちそれはトップ20に入ることを意味するのだ。

 増田六段に負けてしばらくしてから裏街道のトーナメント表を見た時、決勝で待ち受ける相手を知って目標が決まった。

「高見くんと決勝で戦おう」