「だから、これ以上、あたしにどうしろって言うんだ!」
認知症患者本人の視点で、その気持ちや感じ方を縷々(るる)語られたとき、こうしてキレた介護者は少なくないはずだ。
本書には確かに患者本人の立場からその気持ちや困り事が書かれているが、巷に流布する「共感しろ、理解しろ、本人の気持ちによりそって、お世話させていただけ」の類いの、無責任な説教はない。
認知症とは知覚、感覚、記憶の障害であることを明確にし、問題言動や困り事が現れるメカニズムを説明し、各種制度の利用方法や生活環境の改善といった側面から対策が述べられている。たとえば自宅トイレで失敗する理由、入浴拒否を招く皮膚感覚の異常など。
それは、今まさに家族の介護に携わっている方、特に長時間向き合って苦闘している方にとっては、説明されるまでもなく直感的に理解している事ばかりだ。
ではだれが読むべき本なのか。
まず、本人だ。すでに診断された方、もしやと不安を感じる方。いずれ自分も、と現実を見据えて、将来の準備を始めた方々にとっては、とりわけ示唆に富んだ内容だ。
すでに理解力に問題が出てきた方々は第二章から読むことを勧める。一章に掲げられたおびただしい事例としゃれた比喩はときに混乱を招くだろう。
次には、制度設計に関わる政治、行政に携わる人々、認知症市場に参入しようとしている事業者の方々、そして現場以外で仕事として関わっている人々に読んでほしい。
「認知症の課題解決は、デザイナーの仕事だ」として、著者は「デザインとは、人間とモノ・サービス・環境・情報との幸せな関係を創る行為」と後書きで述べている。
このデザインには、システムデザインも含めるべきだと私は考える。観念的で古い理念に基づき、一部の専門家の知恵を借りて作られた、使えない、使いにくい制度。無駄なところに金がかけられて、肝心なところで間が抜けている役立たずの施設や設備。
現場や家族を大いに困惑させるモノとコトを改善していくうえで、この本にはいくつものヒントが詰まっている。
そして狭義のデザイン。建築物や道具、ファブリックなどの仕事に関わる方々は、彼らのプライドをかけた、その洗練され、センスの良いデザインが若く健常な人々に絶賛される一方で、認知症か否かにかかわらず中高年にとって、いかに使いづらいか知ってほしい。本体と同色の電子機器のボタン、壁と一体化した収納システム、薄暗い間接照明などだ。人の認知機能を研究した上でデザインされた高齢者用表示やインテリアは、認知症に限らず需要があるはずだ。その発想の転換は大きなビジネスチャンスにもなり得るだろう。
かけいゆうすけ/1975年、北海道生まれ。工学博士。慶應義塾大学大学院特任教授。NPO法人issue+design代表。代表プロジェクトに「できますゼッケン」「親子健康手帳」等。グッドデザイン賞他受賞。著書に『持続可能な地域のつくり方』等。
しのだせつこ/1955年、東京都生まれ。作家。『女たちのジハード』で直木賞受賞。近著に『失われた岬』『恋愛未満』『田舎のポルシェ』等。