チッコカタメターノ。そう呼ばれる料理、正確に言えば食材がある。

 おしゃれなイタリア料理のようだが、そうではない。

 千葉県でも房総半島南部の安房地域(鴨川市、南房総市、館山市、鋸南町)で酪農家が食べてきた土着性の高い郷土料理だ。

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 どのようなものなのか。

牛乳の“濃くて甘い香り”が鼻に抜ける

 母牛が出産してから5日間の「初乳」は成分が濃いので出荷できない。「もったいないから自家消費しよう」と酪農家が固めて食べたのが、チッコカタメターノだ。

 作り方は難しくない。鍋で温め、沸騰する前に少し酢を入れる。すると牛乳の成分が固まって、汁(乳清、ホエーとも言う)と分離する。ザルなどで濾(こ)し、固形化させたら出来上がりだ。

 そのものをプレーンで食べてみた。白くふわふわとした見た目だが、意外に硬く、箸で切ろうとしても、市販の豆腐のようにはいかない。口に含むと、牛乳の濃くて甘い香りが鼻に抜ける。酸味はない。噛むとキシキシ音を立てるのではないかと思うほど粘り気と歯ごたえがある。

海のイメージの鴨川市だが、内陸部には全国に誇る酪農の歴史がある

 カッテージチーズと同じ製法ではあるが、カッテージチーズのようにはボロボロとしていない。「あれとは、ちょっと違うんだよな」と鴨川市の元酪農家、石田三示さん(69)は首をひねる。硬さの違いは酢を入れる温度の差なのかもしれない。カッテージチーズは60度ぐらいで入れるとしているレシピが多いが、チッコカタメターノは一気に沸騰寸前まで上げる場合が多いようだ。安房の酪農家の中には「酢を入れるまでの温度の上げ方や、入れた時の温度で出来具合が違ってくる」と話す人もいる。

 そのようにして作ったチッコカタメターノをどうやって食べるのか。「ネギと一緒に醤油で煮たのがよく食卓に並びました。ごちそうでしたね」と、石田さんは振り返る。

 ネギやタマネギなどと炒めたうえで、砂糖を少し加えて醤油で煮る「炒め煮」は、各酪農家で食べられてきた定番料理だ。

チッコカタメターノってどういう意味?

 チッコカタメターノという呼び名は、今でこそ定着しているが、命名には冗談としか思えないような経緯があった。かつて、この「初乳を固めたもの」には名前がなかったのだ。

 石田さんは、1997年に結成したNPO法人「大山千枚田保存会」の理事長で、棚田など里山の自然環境を守る活動を行っている。保存会では会報「あんご通信」を出していて、「うめっぺよ」という郷土料理を紹介するコーナーがあった。

大山千枚田保存会では、チッコカタメターノ料理を特集した冊子を研究者の協力で出版している。左上が出産2日目の初乳でしかできない蒸したチッコカタメターノ、右上は牛肉と一緒に煮たもの、下が定番の炒め煮
大山千枚田保存会がオーナーを募って作付けをしている棚田では1月10日まで、LEDのライトアップ「棚田のあかり」が催されている。向こうに見えるのが嶺岡山系

「初乳を固めたもの」は2001年7月に発行した第9号で取り上げたのだが、当時の編集担当だった長村順子理事(62)は「誰に名前を尋ねても『ちっこを固めたやつだよな』というような答えしかありませんでした」と語る。長村さんはコメ作りをしようと2000年に東京から移住し、保存会の活動に加わっていた。

「この辺では牛乳のことを、ちっこと言います。だから『ちっこを固めたのを食べるか』というふうに話していました」と石田さんが説明する。