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 松本家でこれまで食べたり、実験したりした料理を紹介すると、スパゲティナポリタンに、チッコカタメターノをほぐしてかけると、粉チーズとはまた違った感じのコクが出るのだそうだ。

「牛肉と一緒に煮ても美味しかったなぁ。親子丼と同じように、親子煮と名付けようという人がいましたが、それはあまりにかわいそうだと、やめになりました」

 松本家ではやらないものの、「近所には砂糖をまぶすだけで食べる人もいます。ミルクを温める時に砂糖を入れるようなものかな」。確かにうまそうな感じがする。

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「出産から2日目の初乳だと、酢を入れなくても湯煎(ゆせん)で固まると聞いたので、それならと蒸してみました。黄色いぐらいの濃さが必要ですが、乳清と分離せず、初乳が全部プルプルに固まります。なめらかで甘く、すごく美味しかったですよ。出産初日では濃すぎ、3日目では薄すぎる。2日目だけの料理です」

酪農家しか食べられない?

 こうした料理は酪農家しか食べられないのか。

 初乳が出荷できないのは、食品衛生法に基づく厚生省令(乳及び乳製品の成分規格等に関する省令、略称・乳等省令)で「分べん後5日以内のもの」から「乳を搾取してはならない」と定められているからだ。その理由について、国は「成分が通常時のものと比べて、固形分が約2倍、たんぱく質が約5倍、脂肪や灰分も多く含まれており、常乳と比べて大きく異なる。牛の初乳については、人の健康に与える影響等についての情報が十分得られていない」としている。だが、酪農家からは「これまで自家消費してきて、事故は起きていない」とする反論の声もある。

出産2日目の牛乳。かなり濃い

 松本さんは「出産3日目になると、かなり薄くなるので、使えるようにしてもいいのではないか」と考えている。自宅でチッコカタメターノを作るのも出産3日目からの乳が多いという。早い段階の初乳は濃すぎてドロドロだからだ。特に初日は「そのまま置いていても固まってしまい、運搬のために自動車で揺られていたらバターになってしまうのではないかと思うほどです」と話す。

 市販の牛乳でチッコカタメターノは作れないのだろうか。

 可能だ。「多少薄くなるでしょうが、初乳と同じように沸騰前に酢を入れればできます。研究者によると、製造工程に原因があるのか、メーカーによってはできない牛乳もあるそうなので、まずは実験してみてはどうでしょうか」と松本さんは注意を呼び掛ける。

コロナ禍の影響はここにも……

 実は、こうして市販の牛乳でチッコカタメターノを食べると、新型コロナウイルス感染症の拡大に苦しむ酪農家の支援につながる可能性がある。

 コロナ禍で牛乳の消費は落ちた。

「牛乳は飲用が最優先で、次にヨーグルト、チーズ、アイスクリーム。最後に残ったのがバターの加工用に使われます。新型コロナの流行で学校給食や外食産業の消費が減り、余った原乳がバターになりました。このため冷蔵庫はいっぱいになっているようです。悪いことは重なるもので、政府は数年前のバター不足を契機に酪農の多頭化に補助金を出しました。その時に投資をした農場ではちょうど借金の返済が始まり、ダブルパンチを受けています。

 さらに、アメリカの港湾労働者がコロナの影響で減り、運賃の高い中国向けの荷物からしか積み込み作業をしてくれなくなりました。牧草は運賃が安いので、船が沖合で待っている状態です。これらのために、大規模経営の酪農家ほど追い詰められていますが、小規模経営の多い安房地域でも廃業は始まっています。110軒ほどしか残っていないのに、このところ3軒がやめてしまいました」と松本さんは表情を曇らせる。

牛が気持ちよく過ごせるよう牛舎の掃除を欠かさない松本光正さん

 冬期には飲用の消費が減る。冬休みになれば、給食用の牛乳が不要になる。「このままでは生産調整が始まりかねません」と危機感を抱く。

 牛乳の消費拡大が待ったなしで求められているのだ。

 チッコカタメターノを作るには、牛乳が多く要る。1リットルの牛乳だと100~150グラム程度しかできないといい、家族で食べるには何リットルも必要だ。食材費は高くなるが、その分、酪農家は助かる。

 オンラインによる在宅ワークが進み、家庭で料理する機会が増えた人は多い。

 この際、安房の酪農家が食べてきたソウルフードに挑戦してみてはいかがだろう。コロナで傷んだ生産現場への救いの手になるはずだ。

撮影=葉上太郎

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。次のページでぜひご覧ください。