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「現代の女性が60年代の女性を救おうとしたら?」エドガー・ライトが描きたかった、ロンドンの“闇の底”

『ラストナイト・イン・ソーホー』エドガー・ライト(映画監督)インタビュー

2021/11/30

 エロイーズはサンディとしてスウィンギン・ロンドンを散策する。ロンドンの劇場街レスター・スクエアで、当時封切られた『007サンダーボール作戦』(65年)の看板を見上げる。そして近くのグランドキャバレー「カフェ・ド・パリ」で、当時のポップスター、シラ・ブラックが歌うのを見る。サンディはブラックのような歌手になるのを夢見ている。

ソーホーの闇に落ちていくサンディ

 だが、彼女は華やかなステージではなく、暗い裏通り、ソーホーの闇に落ちていく。そこにはストリップクラブやポルノ映画館やポルノ・ショップのネオンが毒毒しく明滅している。東京にたとえるなら、銀座に歌舞伎町があるような感じだ。

「ソーホーはロンドンの繁華街の中心、劇場街レスター・スクエアの北、ファッション街リージェント・ストリートの東にある、わずか1マイル四方の区画なんだけど、社会の格差が凝縮されている。ものすごく魅力的でエキサイティングな表通りのすぐ裏に、ものすごくいかがわしい場所がある。僕が初めてソーホーを訪れた90年代でも、まだそんな感じだった。ここ数年でとうとう高級化されたけど、今でもまだ夜になると、ある種のエネルギーと闇が残ってる。60年代はもっともっと強烈だったろうと想像するよ。良い意味でも悪い意味でもね」

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60年代「セックス革命」の罠

 ここからエロイーズはサンディの地獄めぐりを体験する。60年代はセックス革命の時代といわれ、女性たちも解放されたといわれるが、そこには罠があった。

「実際の60年代とはどうだったか、僕は、映画や音楽やファッションを通して感覚的にはつかんでいたつもりだけど、この映画を作るにあたって、改めて本格的に調査研究した。あの時代のロンドンを実際に体験した人たちにインタビューをしていったんだ。当時ソーホー周辺にいた人たちから証言を取ったんだ。ナイトクラブで働いてた人、警察官、それにセックスワーカー……。それに、当時ロンドンで起こった犯罪についても資料を集めた。ソーホーには100年も昔から、アーティストやエンターティナーたちが犯罪者と入り乱れて暮らしていたんだ」

 サンディはマットという男に見出され、恋に落ちる。彼は歌手志願のサンディをスターにすると言う。しかしマットが彼女を売り込んだのは、ソーホーの裏通りのいかがわしいバーレスク(ストリップを中心にしたショー)劇場だった。下品な衣装を着せられて、ダンサーとして踊らされるサンディ。曲はサンディ・ショーの「パリのあやつり人形」(67年)。明るい曲だが、愛した男の言いなりになってしまう女性の嘆きが歌われている。

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「サンディという役名はサンディ・ショーから名付けた。サンディは騙されてダンサーにされて怒りを隠せないまま踊る。そのシーンの曲を『パリのあやつり人形』にしようと思いついた。あの曲を歌わされたサンディ・ショーは『これは女性蔑視の歌よ』と言って嫌っていたんだけど、彼女のいちばんのヒットになっちゃった。複雑な気分だったと思うよ。それだから、あのシーンには完璧にハマったね」