『ラストナイト・イン・ソーホー』は、『ショーン・オブ・ザ・デッド』(04年)『ベイビー・ドライバー』(17年)などのエドガー・ライト監督にとって初めてのホラー映画。同時にミュージカルであり、一種のタイムトラベル物であり、青春映画でもある。
60年代のロンドンに憧れる少女
オープニング・タイトルに流れるのは1964年のヒット曲、ピーターとゴードンの「愛なき世界」。そのレコードをかけて、ヒロインのエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)が踊る。彼女は60年代のロンドンに憧れる少女。もちろん彼女は2000年代生まれだが、おばあちゃんが集めた60年代ブリティッシュ・ポップスのレコード・コレクションを聴いて育った。
「僕と同じだよ」
エドガー・ライトは言う。
「僕は1974年生まれなのに、子どもの頃から1960年代に夢中だった。両親が持っていた60年代ポップスのレコードを聴いて育ったから、60年代が恋しくてたまらなくなったのさ。いつも、あの時代を経験できなくてくやしい思いを抱えてた。とにかくあの時代の音楽が大好きだから」
20歳になったエロイーズはロンドンのファッション・デザイン学校の寮に入るが、内気なので友達に溶け込めない。独りでアパートを借りて、そこで眠ると、夢の中で1965年にその部屋に住んでいた歌手志望の、行動的な女性サンディ(アニャ・テイラー゠ジョイ)と一体化する。そして、憧れの60年代のロンドンに歩き出していく。
「僕も20歳の頃、田舎からロンドンに出てきた。素晴らしい経験だった」エドガー・ライトは言う。
60年代のロンドンは「スウィンギン・ロンドン」と呼ばれ、世界のファッションと音楽と文化の震源地だった。ミニスカートやビートルズがここから世界に広がった。伝統に縛られてきた保守的な国イギリスが、ポップ・カルチャー革命を先導した。