自分の頭で考えるための気づき
09年6月、眞鍋ジャパンがスタートして初の海外遠征が行われた。どの対戦国もサーブで木村を狙い、木村をアタックに入らせない作戦を取った。この頃、木村を潰せば日本はそれほど怖くないというのが世界の考え方だった。事実、木村はサーブレシーブで崩れると、チームメイトに対する申し訳なさから、自滅してしまうことが度々あった。
試合後、早速眞鍋は木村を部屋に呼び、こう告げた。
「お前が崩れたら、全日本は負けるんだ」
木村は当初、眞鍋の言っている意味が理解できなかった。木村が照れ笑いしながら言う。
「私は今までエースと呼ばれる人の周りで、ちょこまか動いていればいい立場だったので、『お前がダメなら、チームは潰れる』といわれても、バレーはチームスポーツだから1人の選手の出来、不出来が結果を左右するなんて考えもしなかった。は? この監督は何を言っているんだ? って……」
眞鍋は諦めなかった。きょとんとする木村に、試合のたびにデータやスタッツを見せ、「だから負けた」「だから勝った」と繰り返し説明した。
ミーティングでは先輩たちに気を遣って発言しない木村に業を煮やし、激しい言葉を浴びせた。
「私が崩れたら全日本は負ける」
「発言しないなんて卑怯だ。全日本では先輩も後輩もない。遠慮しないで思っていることを口に出せ」
木村が真剣な表情で、当時のことを懐かしそうに語る。
「初めの頃、私は眞鍋さんの言葉の意味をあまり理解していなかったし、眞鍋さんも私が分かっていないと察知し、何度も何度も声をかけてくれた。でも、そうやって対話を繰り返していくうちに、眞鍋さんの言葉が徐々に身体に染み込んできたんです。私が崩れたら全日本は負けるとまで言ってくれる期待に応えたいと思うようになって、腹がドーンと据わりました」
エースの目覚めである。
眞鍋は、具体的な指示を与えず、木村に気づきを求めた。監督の意のままに動くのではなく、自分の頭で考えさせるよう計らった。手のかかる作業ではあるものの、答えを与えず自分で見出すように仕向けたのだ。眞鍋が言う。
「木村だけでなく、他の選手もそうですが、会話しながらきょとんとした表情が見えたら、明日まで考えて来い、と一旦話を打ち切ります。そうするとね、選手は必死で考えるんですよ。分からない言葉があれば、辞書やインターネットで調べてくるし、自分とも向き合ってくる。答えなんてあってないようなもの。でも、そういう行為が大事なんです。チームが勝つために自分がどうあるべきか、自らの頭で考える癖がつく」