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「過剰反応することの方が危険だ」

 通常、海上保安庁の巡視船は中国海警船と並航し、異常行動や領海侵犯に備えてはいるが、多くの場合、海警船が巡視船より一回り大きい。接近の際、日本漁船からの目視は海警が先になるため、漁業者の不安は小さくない。

 船長は、海警との接触を回避しようと、暗いうちから遅くまでレーダー画面とにらめっこを続けており、夜間であっても疲れを癒す余裕はない。船員の生命と漁船という財産を守るためだ。

 漁船が海警船の接近を認識したとしても、全速力で10ノットほどしかでない漁船も多く、速力に勝る海警の追尾をかわす術がない実態もある。海警側もそれを承知で、じわりじわりと追いつめる。獲物を執拗に追跡し、疲弊した脱落者を捕獲するハイエナのようだ。

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 海保の巡視船が日本漁船と海警船の間に割って入るが、海警船が針路変更するまで危険なランデブーは続く。今のところは、追いつめ、排除しているという既成事実を積み上げているようだが、次のステージはあるのか、いつ移行するか、日本の漁師は知る由もない。

 尖閣諸島と日本漁船を守ろうと、海上保安庁も高性能な6500トンクラスの大型巡視船を逐次投入するものの、海警は装甲の厚い退役海軍艦艇を転用したものや、機関砲を搭載した強武装船も保有している。

 現場をよく知る海上保安庁の職員は、「海軍艦艇の転用船は旧式なので、ただちに脅威ではない」と話す。そしてこの点をもって、「日本側が過剰反応することの方が危険だ」と指摘した。中途半端な対応で、「中国側に先にステージを上げたのは日本側だとされ、まだ尖閣には未投入の、より強靭化された海警船を投入される方が怖い」と顔をしかめる。

 法執行機関(警察組織)には軍隊ではなく法執行機関が対応するという、政治的工夫を軽視しはじめた中国に、漁業者は非対称性の恐ろしさを感じるようになっている。

【前編を読む】中国漁船では海上で亡くなった船員を「海洋投棄」したことも…水産高校を卒業した“エリート外国人”が日本漁業に集まる“納得の理由”

東シナ海 漁民たちの国境紛争 (角川新書)

佐々木 貴文

KADOKAWA

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