〈よい恋愛をしたと思っていたし、よい結婚をしたと思っていた。よい出産、よい子育てへ、道は真っ直ぐに続いていくのだと意識すらせずに信じていた〉
彩瀬まるさんの連作短編集『新しい星』を開くと、すぐにこの象徴的な一節があらわれる。森崎青子は早産で生まれた娘を生後2ヶ月で亡くし、夫とも離婚した。彼女は夢にも思っていなかった今の状況を「ふいに叩き落とされた新しい星」にいるようだと感じる。表題にもなったこの「新しい星」という言葉は、30代に入った今だからこそ思いついたと彩瀬さんは語る。
「30年以上この社会で生きてきて、『こんな一生がずっと続くんだろうな』というのは、実はそんなに確かなことではないんだ、と感じるようになりました。災害や病気、近親者との死別など自分ではどうしようもないことで、これまでとまったく違うことを考えて生きていかなくてはならなくなる。それまで見ていた景色が一変すれば、ほとんど異世界にきたような心地になるのではないか、と」
本書は大学の合気道部で出会い、今もつながりを保つ男女4人の視点から語られていく。生まれたばかりの子を亡くした哀しみにとらわれている青子をはじめ、幼い娘がいながらがんを患った茅乃、パワハラ被害を受けて仕事を辞めた玄也、家族と別居する卓馬。それぞれが簡単に人に言えない悩みを抱えているが、助けになったのは、かつて一緒に汗を流した者同士のゆるやかな連帯だった。
「これを書いている時期、自分の周りでもみんなそれぞれ落とされた星でサバイバルを摸索している、というのが体感としてありました。30代に入ると、人を選んで言いたくなるような悩みごとが増えていって、誰かと共有するのも難しい。そんなとき懐かしく思い出したのが、大学生時代の部室の雰囲気でした。授業の空き時間、ゲームをしている最中なんかに、誰かがぽろっと悩みをこぼしたりする。そこで別に解決策が出てくるわけじゃないけど、その人が抱えているものを周りの皆が知っているというか……ただ知っていてもらう、ということがすごく大切なことなんじゃないかと思います」
男女4人がそれぞれの星から交信するように関わり合うなか、作中では静かに時間が経過する。手術で寛解した茅乃のがんは再発し、彼女の闘病は続く。5歳だった茅乃の娘・菜緒は、最終話では高校生になっている。闘病中の母と娘という関係は、彩瀬さん自身が経験したことでもある。
「私は母をがんで亡くしたのですが、小説やドラマで病人がどこか聖人めいた描かれ方をすることがずっと嫌でした。『闘病中も気丈に振る舞っていた』とか、『最後まで優しいお母さんだった』とかそういう文脈の語られ方が多いけれど、ものすごくつらい思いをしているのに、死に際まで美談にしなくちゃいけないのかと。母は亡くなる前、私の受験に心がとらわれていて、勉強していないと烈火のごとく怒られました。私の行く末が心配だという愛情からきていることなんだけど、とても苛烈になっていった。闘病のなかで本人が望む姿でいられないことだってある。でもそれを裁こうとはしないでほしい、と思いながら茅乃を書いていました。それと同時に、母を亡くしたあとも娘の人生は続く、ということもこの作品ではちゃんと書きたかった」
挫折や哀しみといかに向き合い、付き合っていくか。重なり合う8つの物語から、その手がかりが浮かび上がるように見えてくる。
あやせまる/1986年、千葉県生まれ。上智大学文学部卒。2010年「花に眩む」で女による女のためのR-18文学賞読者賞を受賞しデビュー。16年『やがて海へと届く』で野間文芸新人賞候補、17年『くちなし』で直木賞候補、18年同作で高校生直木賞受賞。