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「取り調べで涙を流して殺人を自白した」 調書なき異例の「自白採用」は冤罪だったのか? 検察官が証言した“不都合な真実”とは

田園調布殺人事件は冤罪だったのか #1

genre : ニュース, 社会

「佐藤さんを中州のホテルで殺害しました。近くの雑貨屋で段ボールを購入し、死体を梱包して、ホテルの玄関まで運んでレンタカーに積み、杉林に遺棄しました」

 1986年、東京地方裁判所。法廷に響いたのは自ら殺人を犯したことを自供するまがまがしい告白…ではなかった。これは実際には被告自身の供述ではなく「…と取り調べで涙を流して自白した」と続く、取調官による証言だった。

 裁判の関係者であるはずの検察官の「証言」により、被疑者が殺人の詳細な「自白」をしたと認定されたことなどが強い証拠となり、この裁判では被告に懲役20年の有罪判決が確定した――。逮捕から36年後の今年、この事件について3度目の再審請求が行われる。(全2回の1回目。後編を読む

今月14日に3度目の再審請求を行う折山敏夫さん ©️文藝春秋

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懲役20年の実刑判決が下った「東京田園調布・資産家殺人事件」

 1980年に起きた東京田園調布・資産家殺人事件。

 事件から5年後の1985年、田園調布の豪邸の家主である佐藤松雄さん(当時56)を殺害したなどとして、佐藤さんと共同で不動産事業をしていた折山敏夫さん(78)が逮捕された。

 控訴・上告を経て1995年に最高裁で下された確定判決によると、折山さんは80年7月25日ごろ、佐藤さんを福岡県内で殺害した後、県内の山林に死体を遺棄した。その後、書類を偽造して田園調布にある佐藤さんの自宅を知人の医師に転売したとされる。被告の折山さんには懲役20年の実刑判決が下され、2007年に64歳で出所するまで服役することになった。

 だが、この事件はそこで終わらなかった。

事件当時、1980年代の折山さん 弁護団提供

冤罪を訴え、再審請求

 折山さんは自身の冤罪を訴え、再審請求を行ったのだ。2011年、2017年に行った請求はいずれも棄却されたが、今年の12月14日に3度目の請求を行う予定だ。

 弁護団の東京共同法律事務所の小竹広子弁護士はこう語る。

「『私の前でこう話しました』と検察官が法廷で話したことが、そのまま『本人の自白』として採用されるのは、今の刑事裁判ではおよそ考えられません。それなら調書を作る意義もなく、検察側が『この人を犯人にしよう』とすれば何でもできる状況になってしまいます。こんな無茶が許されたのは、この事件が史上唯一のケースです。