「彼女にはタレントの素養があった」
飯島さんの魅力はその容貌だけではなかった。
「彼女は自分の意見をしっかり言える子。タレントの素養があった」(テレビ関係者)と、大手芸能プロダクションに移籍し、タレントへと歩を進めた。シンデレラストーリーを地で行く華麗な転身だったが、当人は芸能界に溶け込みながらも、どこか冷めていた。
「やはり周囲はAV出身者という目で見る。なかには『AV上がりの子ね』と露骨に共演を嫌がる女性もいれば、『すぐ寝る子』と誘惑する男もいた。彼女はそれをわかっていて、芸能界は自分の本当の居場所ではないと思っていた。元々、芸があるわけでもないという開き直りもあった。彼女は次の居場所を探そうと、早くからパソコンを勉強してネットビジネス的なことを考えていました。また、ニューヨークという街にすごく関心を持っていました」(業界関係者)
ブログで「所持金10万円」と綴っていたことも
そうした関心は引退後の私生活に繋がる。親しい友人には、「エイズや性感染症に悩む子の応援をしたい」と口癖のように言っていた。最後に姿を見せた公の場も、「エイズ予防の啓発キャンペーン」だった。性に対する強いこだわりはやがて、性ビジネスという発想へと進化していく。
「若い頃から性に関しても奔放な生活を送り、AVにも出演していた。それがエイズ説が出た背景でもあった。自戒の念を込めて、世間の役に立ちながら、新しいビジネスを考えていたのではないか」(飯島さんの知人)
事実、ビジネスは動き出していた。「女性のためのアダルトグッズとコンドーム」をネット販売するものだったという。しかし、事業化するには資金が必要になってくる。
「タレント時代、私設の経理担当者に数千万円のお金を着服され、引退後も家賃60万円のマンションに住み続けていた。一時、自身のブログで『所持金10万円』と綴っていたこともあり、貧窮していた可能性もある。とても自力で起業できるほどではなかった。結局、知人を通じて資金提供してくれる人を探していたと聞いています」(芸能関係者)