「……俺ちょっと見にいくわ、Tのこと」
酔っ払いが機材の残る病院に突撃しているのだ。うっかり足を滑らせでもしたら、思わぬケガにつながりかねない。
そんなことを一同が考えているうちに、ふとその場に漂っていたあの足を阻む重たい空気がなくなっていることに気がついた。
「つーか、なんか空気変わったな……」
「そうっすね……」
「……俺ちょっと見にいくわ、Tのこと」
「……じゃあ、俺もいくわ」
「え!?」
戸惑う後輩2人を残し、Tの同期2人はそろそろと2階に上がり、暗い廊下の奥に消えていった。
15分が経った。
2人も戻ってこなかった。
「おい、マジでなにこれ…?」
「いや、しらねーし… どうすんのこれマジで」
明らかに何かが起きている。そんな予感はすれど、残された2人にはその“何か”を想像することはできなかった。むしろ、想像したくなかった。
だが、先輩たちを残してこの場を離れでもしたらヤンキーの矜持に関わる。何より、後で先輩たちに何をされるかわかったものではない。
刻々と過ぎる時間は、2人のなかにそんな焦りを蓄積させていく。
「あーもう! ちょっと俺見てくるわ。お前、ここいろよ。あと電話でAさん呼んで。Tさんとあの病院いるんだけど、ちょっとヤバいんでって」
「え、おい!」
1人が2階に駆け上がり、その場には最後の1人だけが残されることになった。
だが、そいつも戻ってこなかった。
Aさんとは今日の飲み会に来られなかった腕っ節の強い先輩だが、面倒ごとは嫌うタイプでキレるとやばい。果たしてこんなことで自分から電話していいのか……。
「やっぱり、一回見にいくか……」
彼はぽつりとつぶやき、2階への階段に足をかけた。
震える声を押し殺して叫ぶも、何も返ってこない
階段を昇りきり、恐る恐る廊下に顔を出すと、そこは病室が奥まで並んでいるガランとした空間だった。
「Tさーーーん!! みんな大丈夫っすかーーーー!!」
震える声を押し殺して叫ぶも、何も返ってこない。
月明かりで照らされた空間に響くのは自分の足音のみ。
コツ、コツ、コツ、コツ。
一体なんでこんな目に遭っているんだ……。自分の境遇を嘆きながら廊下の角まで着いたとき、彼は物音を聞いた。
……ッシィー……ッシィー……ッシィー。
「みんないるんすかー!!」
返事はない。
その金属音ともつかないかすかな音は、曲がり角の先にある一つの病室から聞こえてくるようだった。
…カッシィー…カッシィー…カッシィー…。
それは携帯カメラのシャッター音だった。
「え……?」
この状況で、なんで写真撮ってんだ? 俺への返事無視してまで。
そう思いながら病室のそばまで近づいたとき、彼の足がピタッと止まった。