トイレの花子さんやこっくりさんは多くの人が知る“怪異”だ。しかし、そうした有名な存在・現象以外にも、数多くの“怪異”が誰かによって今もなお語り伝えられ続けている。
ここでは、気鋭の怪異妖怪研究家・朝里樹氏の著書『21世紀日本怪異ガイド100』(星海社新書)の一部を抜粋。近年、登場した怖くて愉快な“怪異”について紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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空亡:21世紀に生まれた最強の妖怪
2006年頃、インターネット上で最強と評される妖怪が語られるようになった。その名を「空亡」という。
それによれば、空亡は魑魅魍魎の王などと評され、百鬼夜行の最後に現れ、それら全てを吞み尽くし、押し潰すという。その姿は黒い太陽のようであるとされるが、正体不明の存在であるという。一説には天照大神と戦い、その分霊(わけみたま)共々打ち砕いたという。
空亡の元になったのは京都府京都市の大徳寺の塔頭である真珠庵に所蔵される『百鬼夜行絵巻』において、最後尾に描かれている火の玉である。
小松和彦著『百鬼夜行絵巻の謎』等によれば、これは妖怪ではなく朝になって昇ってきた太陽、もしくは尊勝陀羅尼(そんしょうだらに)の火の玉という説がある。絵巻ではこれを見た化け物たちが逃げ惑う姿が描かれている。
ゲームで生まれ変わる空亡
この火の玉には元来名前がなかった。しかし2002年に発売されたカード『荒俣宏の奇想秘物館 陰陽妖怪絵札』においてこの火の玉に「空亡」という名前が付けられた。ここにおける説明は「太陽は、夜の闇を切り裂いて夜明けをもたらすとき、空亡という『一日の暦の切れ目』をついて、夜の中に割りこんでいく」と記され、その後に「六曜(大安、友引など、古い日にちのまとまり。今の一週間に近い。六日で一単位になる)と六曜のあいだにも生じる。六曜のはざまにできる空亡を仏滅という」と陰陽道の用語としての説明が続く。この時点で妖怪として扱われていなかったことが分かる。
次に変化が訪れるのは2006年4月にカプコンから発売されたアクションゲーム『大神』においてで、このゲームの最後の敵として「常闇ノ皇(とこやみのすめらぎ)」という球体の物体が描かれたが、当ゲームの設定資料集であり、同年9月に発売された『大神繪草子 絆 大神設定画集』において、先の『陰陽妖怪絵札』と『百鬼夜行絵巻』を元に、絵巻で最後に登場し、全ての妖怪を踏み潰す最強の妖怪「空亡」という解説がされたことにより、絵巻の火の玉が妖怪と見なされるようになる。
ネット上での広まり
その後、インターネット上で「空亡」が広まり始める。在野の妖怪収集家、御田鍬;氏のホームページ「うしみつのかね」によれば、2006年12月10日、インターネット掲示板「ふたばちゃんねる」内「僕の考えたオリジナルキャラを描いてもらうスレ」にて「空亡」という名のキャラクターが投下され、この世ともあの世ともつかない暗き世に生まれた妖怪で、闇から邪(よこしま)なものたちを生み出した。もし空亡が地上に現れれば世界は闇に覆われ終わりを告げる、といった設定が加えられた。
これ以降、この話を元に様々な場所で空亡の名前が語られるようになり、またその読み方も「くうぼう」から「そらなき」が一般的になったという。
このように空亡は紆余曲折を経て21世紀に生まれた妖怪となった。ある意味、情報伝達手段が多様化・高速化した現代だからこそ生まれた妖怪と言えるかもしれない。