ヒップホップババア:本物のヒップホップが、ここにあるのだ
そのババアは、21世紀になってネット上に現れた。
長年連れ添った仲の良い老夫婦がおり、片方が先に死んだら、寂しくないように壁に埋めようと約束しており、婆さんが先に死んだため、爺さんはその通りにした。すると壁から「じいさん」と呼ぶ声が聞こえるようになり、その度に爺さんは「ここにいるよ」と答えていた。
ある時どうしても外に出なければならない用事があり、爺さんは村の若い男に留守を頼んだ。男は壁から聞こえる婆さんの声に答えていたが、何度も続くため、ついに爺さんはいないと答えてしまった。直後、壁から鬼の形相をした婆さんが現れ、「じいさんはどこだあ!」と叫んだ。
すると突然、スポットライトが飛び出し、婆さんを映し出した。その横でいつの間にか爺さんもターンテーブルをいじっている。
実はストリート生まれのヒップホップ育ちであった婆さんは、見事なラップを披露し始める。「ここでTOUJO! わしがONRYO! 鬼のGYOUSO! ばあさんSANJYO! 違法なMAISO! じいさんTOUSO! 壁からわしが呼ぶGENCHO! 年金減少! 医療費上昇! ボケてて大変! 食事の時間! 冷たい世間を生き抜き! パークゴルフで息抜き! どこだJI-I-SA-N老人MONDAI! そんな毎日リアルなSONZAI! SAY HO!」
そう、この婆さんは本物のヒップホップがここにあることを教えてくれるのだ。
元ネタがあった婆さん
現在流布しているのは、2007年8月3日に2ちゃんねるの「ニュース速報(VIP)板」に書き込まれたものが多い。
前半と後半の温度差が凄まじい話であるが、実はどちらも元ネタと思おぼしきものが存在する。
前半は広島県で採取された「爺さん、おるかい」という話だ。若杉慧・村岡浅夫著『広島の伝説』を読んでみると、妻に先立たれた老爺が妻の遺言通り彼女の亡骸を押し入れに入れる。すると押し入れから「爺さん、おるかい?」という声が聞こえるようになり、老人は恐怖のあまり逃げ出すが、死んでしまう。しかし死後の世界で閻魔様にまだ余命が10年あることを知らされ、前歯三本を抜いてそれを使って作った代わりの人形を妻に与えることで現世に戻り、残りの10年を生きることができた。そして天寿を全うした老人は、死後妻と再会したという。
この話は『まんが日本昔ばなし』でも映像化され、全国で放映されているため、これが元になった可能性が高い。
後半のラップ部分は2ちゃんねるに書き込まれた話に元ネタがあり、夢の中で株主の前で発表をしろと言われた新入社員の書き込み主が困惑していると、突然社長が登場し、ラップを披露する、という内容になっている。その内容がヒップホップババアの披露するラップと酷似しているが、「社長のラップ」等の名称で知られるこちらのコピペは2004年頃には既に書き込まれていることが確認できるため、恐らくババアのラップはこれを参考にしたものと思われる。
このように、元となった話が存在すると思しきヒップホップババアだが、全く違うそれぞれの話が組み合わさったことでとんでもない怪作が生まれたのだ。