文春オンライン

「他人様の人生の最晩年を、とんでもない形にしちゃった…」救急救命センタースタッフが明かした高齢患者治療の“トラウマ”とは

『救命センター カンファレンス・ノート』より #2

2022/01/07
note

「で、やけどの程度は、どうなのよ」

「はい、受傷の部位としては、上半身が中心で、今のところ、Ⅱ度が約7パーセント、Ⅲ度が約15パーセントと見積もっています」

 電子カルテの画面上に映し出された受傷部位を示す人体図に見入りながら、と、すると、年齢が82だから……下手すりゃ100超えかよ、と部長が独りごちた。

ADVERTISEMENT

(中略)

「高齢者でやけど」の症例は気が重い

「そうか、そりゃあ、ずいぶんと大変だったな」

 部長は、電子カルテを繰りながら、担当医に労いの言葉をかけた。

「で、現在は、どうなってる?」

 やっぱ、何かい、人工呼吸管理になっちゃったか、それとも、もう……と、部長は声を落とした。

「はあ、何とか循環動態も落ち着いていますし、尿量も確保できています」

 もちろん、人工呼吸器はつけておらず、今のところ、酸素マスクだけで凌げています、と担当医は答えた。

「そうかそうか、そりゃ偉かったな」

 声の調子と一緒に、部長は顔を上げた。

「そ、そうだよな、やけどの範囲や深さなんていうのは、受傷したばかりのタイミングで、正しく判定することは、ホント、難しいんだし、いろんなインデックスだって、どれも大雑把なものなんだから、そんなもの、端っから、当てにできるもんでもないしな」

 部長は、気を取り直すように、担当医の顔を見た。

(中略)

「……って、いうか、何だか、おまえさん、いつもの元気がないんじゃないの」

 担当医の話しぶりを訝りながら、部長が尋ねた。

「わ、わかります?」

 いやあ、先生、高齢者のやけどというと、どうにも、気が重くなっちゃって……と担当医が答えた。

 実際、救命センターのスタッフにとって、重症の熱傷患者の担当になるというのは、あまり嬉しいものではない。

 集中治療の必要な急性期を、無事に乗り切ったとしても、その後、人手と時間のかかる、それでいて何とも地味な軟膏処置を、毎日毎日、ベッドサイドで黙々と続けていかなければならないのだ。

 あるいは、デブリードマン(編集部注:焼けて変色し、本来の柔軟性を失った皮膚状態を焼痂[しょうか]と呼ぶ。熱傷によって表皮の再生が期待できず、バリア機能を失ったと呼ばれる状態なので、その焼痂部を切除する処置をデブリードマン、あるいはデブリードメントという)にしても植皮術(編集部注:患者の健常な部分の皮膚、あるいは人工的に培養した皮膚、さらに、他人や動物の皮を用いて移植する処置)にしても、残念ながら、特にこれといった山場があるわけでもなく、派手な華のある手術とは、決して言えないものである。