何時から湯船に浸かっていたのか、何故、自分で湯船から出ることができなかったのか、どうして、そんな高温になってしまったのか等々、確かなところは、結局、本人から聴取することができなかった。
高齢者の場合、入浴中に、脳梗塞や心筋梗塞などを発症して、そのまま意識を失って湯船に沈んでしまったり、あるいは、追い炊き状態のまま湯船に長時間浸かり、いわゆる熱中症に陥ってしまったりすることが、時に見受けられる。
しかし、この傷病者の場合、そういったはっきりとした原因は見つからず、入院後には意識レベルも、普段と同様の状態に戻っていた。
両脚を膝下から切断、さらに人工肛門に
「そうなんですよ、入院した当座はよかったんですが、やっぱり、熱傷が深かったためか、あっという間に、熱傷面に細菌感染が被っちゃいまして……」
「そうだった、そうだった」
そうか、あの小池の爺さんも、おまえさんの担当だったな、と、部長が頷いた。
「その後、敗血症になっちゃって、全身状態が危なくなったものですから、デブリードマンだけじゃとても間に合わず、両脚を一気に膝下から切断することにしたんですが……」
加えて、肛門周囲のやけども深かったので、人工肛門も作らなければならなかったりして……と、担当医が声を落とした。
「結局、救命センターに2ヶ月、後方病棟に2ヶ月入っていなければなりませんでした」
ずいぶんと、痛い目やつらい目に遭わせてしまったような気がするんですよねえ、どうしても、と担当医が絞り出すように言った。
「しかし、小池さん、確か、無事に、退院していったんだよなあ」
「無事に……というか、4ヶ月間の入院で、完全に惚けてしまって、栄養は胃瘻から、という全くの寝たきり状態になってしまいましたから……小池さん、自宅にはもちろんのこと、リハビリ病院にも行けなくて、結局、療養施設に……」
今現在、果たして、生きてるのかどうか、と、担当医は下を向いた。
「最後に見た、小池さんのご家族の表情が忘れられないんですよ、こんな言い方は何ですが、決して、我々に感謝しているようには見えませんでしたから……」
いったい、自分たちは、小池さんに、善いことをしたのか、悪いことをしたのか、正直なところ、わからなくなってしまいまして……と、担当医は頭を搔いた。
「なるほど、それで、今回の熱傷も、小池さんと、同じような結果になってしまうんではないかというわけで、おまえさん、元気がないんだな」