部長は、担当医の顔を見ながら、何度か頷いた。
「まさしく、トラウマになっちゃってますよね、高齢の熱傷患者を診る時の……」
担当医が、自嘲気味に答えた。
「おいおい、あの歳で、小池さん、よく助かったんだぜ、いや、おまえさんたちが、よく助けた、と言うべきかな」
いいかい、だって、小池さんのPBI、いったい幾つになるよ、間違いなく110近くになるぜ、と、部長が担当医の顔をのぞき込んだ。
「救命率が20パーセントそこそこしかないと言われている状態の重症熱傷を救命できたんだから、そりゃ絶対に、おまえさんたち、誉められることをしたんだよ」
「そ、そうなんですかねえ、だって先生、他人様の人生の最晩年を、とんでもない形にしちゃったわけで……」
天が定めた運命とは
担当医は、一つ大きなため息をついた。
「と、すると、何かい、おまえさんは、小池さんに対して、間違った医療介入をしてしまったと考えているわけ?」
「いやあ、間違っていたというか……だけど、小池さんは、頭から灯油を被って焼身を図ったバカ野郎でもないし、酔っ払って寝タバコから失火させて受傷してしまった不心得者というわけでもないですし……」
「ん?」
「つまり、小池さんが、ああいう熱傷を負ってしまったのは、誰の所為とかではなくて、起こるべくして起きたのではないのかなと……」
「そりゃつまり、なに、あれは小池さんの運命だったと、おまえさん、そう言いたいわけ?」
「はあ、そういう一面もあるのではないかと……」
「なるほど、この患者さんの場合も、仏壇のロウソクの火が袖口に燃え移ったのは、そろそろ、こちらに来てもいい頃合いだろっていうんで、仏壇の中のご亭主が呼んだって、そういうわけだな」
部長は、皮肉交じりに続けた。
「じゃあ、おまえさんに尋ねるが、今、目の前に、敗血症に陥ってしまった当時の小池さんが横たわっているとして、どうする、以前と同じように両脚を切断するかい、それとも、切断せずに、そのままうっちゃっておくのかい」
部長は、上目遣いで担当医を見た。
「う~ん、難しいところですが……やっぱり、切断しちゃうのかな」
「だとしたら、おまえさんは、天が定めた運命に逆らう罰当たり野郎ってえことになるけど、それでいいのね」
部長は、担当医の顔を見つめた。
「この患者さんも、頑張るんじゃないのかい、たとえ、右腕を落とすような羽目になっちゃうかもしれないとしてもさ、だってここは、天下の救命センターなんだから」
【前編を読む】《救急救命センターの当直医は激怒》「こりゃあ、単なる死体、死体だぜ!」救急隊員が“治療の対象にならない即死体”を搬送したワケ